目的地は新宿

 新宿に用がある。
 ってんで、バスに乗った。
 副都心のビル街に向かっているバスだから、そのうち新宿に着くだろうと思っていたら、これがつかない。
 近づいたと思ったら遠ざかる。
 まるで新宿がシールドされているかのように、ぐるぐると周囲を走る。着実に上がっていくのは料金表だけだ。
 ぜんぜんわからない場所でバスを降り、歩くことにした。
 都庁はみえている。
 なのに建物が邪魔をする。すぐに小道に入り込み、民家に囲まれ、どん詰まり。
 引き返してまたどん詰まり。
 新宿ってこんな要塞のような街だっただろうか。
 方針転換し、都庁を目指すのはやめて、なるべく太い幹線道路を探した。
 名前はわからないが、片道二車線ずつ四車線ある道路に出た。これならさすがに新宿へとつながっているだろう。
 しかし、ここで大問題が発生。都庁がみえない。
 新宿はどっちだ?
「うーん」
 と呻いていると、道を渡ったところにあるコンビニが目に入った。
 あそこで聞いてみよう。
 犬や猫やリクガメといっしょに横断歩道を渡りきり、コンビニでアイスクリームを買ったついでをよそおって、
「新宿はどっちですかねえ」
 とレジのおねえちゃんに聞いてみた。
「新宿ですかあ」
 と不審な顔をされた。私はなにか変なことを言っただろうか。
「新宿わあ。この店を出てえ。右側ですけどお」
 といいながら、おねえちゃんは私の顔をじっと見ている。いまにも通報されかねない勢いだ。
「お客さん、新宿に行くんですかあ」
「うん。用事があってね」
「行けないと思いますよお」
「なんで?」
「ずっと工事してますもん」
「え、そうなの」
「もう二年くらい。この道、南新宿の手前で行き止まりーみたいな?」
 出不精な私はもう三年くらい新宿に行っていない。二年前になにかあったのだろうか。ちょっと聞きにくい雰囲気だが、思い切って聞いてみた。
「二年前になにかあったの?」
「お客さん、ニュースとか見ないんですかあ」
「うん」
「あったんですよお。なにがあったのか、よくわからないんですけど」
「もしかして新宿って封鎖されてる?」
 おねえちゃんはこっくりとうなずいた。
「なんとか熱っていうのがはやってえ、ひとがドロドロ溶けちゃってえ」
 まじかよ。
「溶けちゃったあかいものがつながってえ。いま新宿つったら、街じゃなくて生き物の名前ですよ」
「都庁、あったじゃん」
「ありましたねえ」
「ないと困るでしょ」
「渋谷に移りましたよ」
「えー。こっから渋谷に行くにはどうすばいいの?」
「あ、でも、渋谷も青い生き物になってちゃったって、たっちゃんが言ってたなあ」
 たっちゃんが誰だか知らないけど、なんだか大変なことになっている。
 私は用事を明かすことにした。
「パスポートの期限が切れそうだから、更新したいんだよねえ。いったいどこに行きゃいいのか、知ってる?」
「なあんだ。パスポートならここで発行できますよ」
「うそ」
「ほんとですって。身分証みせて」
 私は保険証を見せた。
「これ、写真がついてないんですよねえ。運転免許証とかないですか」
「ないんだよねえ」
「じゃあ公共料金の請求書とかあります?」
「あ、それならある。ほら、来月のガスの請求書」
「じゃ、更新しますね」
 おねえちゃんが背面に備え付けの装置をかちゃかちゃいじると、ほんとにパスポートが出てきた。
 こうして私の用事はぶじ済んだわけだけど、どうせ空港も閉鎖されてるんだろうなあ。

(了)
 
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