いやな推測

「どうぞ、こちらです」
 案内されたのは、殺人現場。
 職業柄当然といいたいところだが、そうではない。そこは刑事の聖域で、私立探偵とは縁のない場所だ。
 目黒考次郎が死体のほうに近づこうとすると、
「あ、あなたはこっち」
 とソファのほうに案内された。
「なんですか」
 と馴染みの所轄刑事に聞くと、
「部屋の中にペットはいなかったんだけど、ほら、毛、すごいでしょ」
 たしかに、絨毯からソファまで動物の毛だらけだ。
「ちょっと見てみて」
 猫探しばかりしている男、目黒考次郎はソファを調べ始め、すぐにうんざりした。
「毎日猫の来客でもあったんですかね。科学鑑定してもらわないと、何匹いたかわかりませんよ」
「やっぱ、そうか。あとから毛だけばらまいていった、とは考えられないか」
「集めてバラまいてその上で転げ回ったら、ま、こうなるかもしれません」
「内緒だが、死体からも百個以上の指紋が見つかっているんだよ」
「そんなバカな」
「百人分の指紋、血痕、動物の毛。探せばまだまだ出てくるんじゃないか」
「レイプの痕跡は」
「冗談いうな。殺されたのは百歳の婆さんだぞ」
「それ、ほんとに殺人ですか。自然死じゃないんですか」
「恨まれる理由も百通りじゃ済まないみたいなんだ」
「遺産とか」
「それもある。こんなボロアパートに住んでいるけど億万長者で、親族からは心底憎まれているが、遺産欲しさに誰も文句を言わない。孫に小遣いをやったこともないけど、モンスター婆として毎日のように学校に文句の電話を入れてる。家電製品のクレーマーとしても有名。イケメン好きで、ストーカーとして訴えられたことも数十回。高利貸しとしては悪辣極まりなかったそうだ」
「その性格からひとつ推理していいですか」
「聞かせてくれ」
「猫、食ってたんじゃないですか」
「うわっ」
「そのたびに毛をムシってバラまいてたらこんな感じになりますよ」
 事件を選り好みできない警察も大変だね、と思いながら名探偵目黒考次郎はアパートを後にした。

(了)

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