気になる二人

「兄貴、逃げなきゃ」
「あん」
 と二十歳過ぎの男はいかにも気のないふうに返事する。
「だってやっちゃったんですよ、おれたち」
「んあ」
「動転してんですか」
「ばかやろ。んなわけねーだろ」
 なにをやったんだよ。どこへ逃げるんだよ。耳がダンボ状態になったタクシーの運転手は気が気ではない。高飛びか。いいぞ、海外とか、安全なとこへ行け、安全なとこへ。タクシーの行けないところへ。 
「でも、すぐバレますよ」
「血、飛び散ったもんなあ」
 運転手は目を堅くつむって人を轢きそうになる。
「兄貴が動脈なんか切るからですよ」
「首をかっきる時は動脈が鉄則よ。けど、しけてたよな、あのタクシー」
「売り上げ、五万円しかなかったすもんね」
「これじゃ、海外には行けないよなあ」
「今度はコンビニでも襲います?」
「バーカ。おれはひとがたくさんいるとこはヤなんだよ」
「じゃ、またタクシーですか」
 あわわわわわ。
 運転手はクルマを止めて逃げようかと思ったが、ブレーキをかけたとたん刺されそうな気もする。
 それにこいつら、いまのところ口だけだし。
 子供の学費のことを懸命に頭に思い浮かべる。
「兄貴ー。どこへ行くんすかー」
「うるせえんだよ。いま考えてっからよー」
 夜の闇の中をタクシーは走る。
 朝方、名古屋に着いて、二人組はタクシーを降りた。料金はちょうど五万円だった。
 兄貴が札びらを切った。
「釣りは要られえ」
 運転手はいえ、きっちりなんですけどという言葉をかろうじて飲み込んだ。

(了)

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