丸いもの
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柄にもなく息子にキャッチボールをしようといったのは、いよいよ田舎暮らしを始めた興奮があったからだろう。
都会に疲れたので、息子が高校を卒業したのを機に房総半島に引っ越してきた。あたりはがらんとしていて、家の前には大きな空き地がある。
中学で野球部だった息子はいったん家の中に入って、グラブをもってきた。
「ほらっ」
とほってくる。
「じゃ、おれから投げるよ」
「おお。ばーんと投げてみろ」
息子はふりかぶって、私の胸元めがけ、びゅっと直球を投げてきた。
直球といっても、多少は山なりになるものだと思っていたので、球がほんとにまっすぐ飛んできたのには驚いた。
驚きのあまりよけてしまったのがまずかった。球はグラブにかすりもせずそのまま飛んでいった。
飛んで……あれ。なんで飛びっぱなしなんだ?
私たちは球を追いかけた。空き地の向こうは道路で、渡るとすぐに海岸である。球はそのまま地上一メートルくらいの高さとスピードを保って、海の上をぐいぐい進み、私たちの視界から消え去った。
「おまえ、すごい球を投げるんだな」
「そんなわけないじゃん。落ちないボールなんてないよ」
「じゃあ、なんだったんだ、あれ」
「さあ」
船をぶち抜き、ビルを、鉄板をぶち抜き、山をぶち抜き、世界中の科学者、軍関係者の張り巡らした罠をぶち抜き、あざ笑うように直進しつづる球は、一年後、また私たちの家の前を通った。
たまたま、そのとき私には庭にいて、
「よっ」
という声が聞こえたような気がした。
「元気にしていたかい」
(了)
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