テニス道

 家族で食事をしながらテニスの試合を見ていた。
「40オール」
「おっ、拮抗しているな」
「40-55」
「え、アドバンテージじゃないの?」
 妻がやれやれという表情で言った。
「そんなに簡単に勝ち負けが決まるわけないじゃない」
「45-70」
「これ、どこまで行くの?」
「どこまでも」
「テニスのルールってそんなのじゃないぞ」
「225-1000」
 と、スポーツアナが言った。いつでも妻のいうことが正しい。
「きりがないな」
「そんなことないよ。見てなよ」
 とテニス部の息子が言った。試合は延々と続く。選手の顔がだんだん死相を帯びてくる。
「どうしてこんなことになっちまったんだい」
「先生は武士道だと言ってたよ」
「スポーツなんだからルール通りやればいいじゃないか」
「そんな手ぬるいことを言ってるからリストラされるのよ」
 妻の目は血走っていた。
 髪結いの亭主をやっている私には言い返すすべがなかった。
 テレビの中では、圧倒的に負けていた選手がとうとうがくっと膝をついた。心が折れたらしい。
 ピーと甲高い音が流れて、突然、画面に「試合中継を終わります」という文字が映し出され、CMが始まった。
 お墓のCMだった。

(了)

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