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【ショートショート】買う男

 おれの家は代々の質屋で、蔵がある。
 もう三十年も店を手伝っているのに、蔵の中は見せてもらえない。半端者扱いということだ。
 鍵はおやじが持っている。
 頑健なおやじも八十を超えてすっかり体が弱り、最近は奥で伏せっている。帳場に座っているのはもっぱらおれだが、おやじは奥から目を光らせている。眼光だけは鋭い。
 今日買い取ったのは時計が三個、ブランドもののバッグ、仏像、象の置物、指輪、ノートパソコンだ。
 質草を受け取りに来る者はまずいない。うちは約束の期限をすぎたら、すぐに売りさばく。利なんか薄くていいとおやじはいう。
 閉店間際にあの男が入ってきた。
 ごとっと音をたてて、石を置く。紙を出す。そこには“「h20.11.3 多摩川 九十九」と乱暴なサインがある。それだけだ。
 奥からおやじが這ってくる。
「五千円」
 九十九が頷く。おれは金庫から金を出して渡すだけだ。
 店じまいを終えたとき、親父がでかい鍵をがちゃがちゃ言わせながら立ち上がった。
「石をしまう。おまえも来るか」
「蔵か」
「そろそろ見たいだろ」
 蔵に薄暗い電灯が点った。
 壁はすべて棚。棚にはぎっしりと石が並んでいる。河原にに落ちているような石ばかりだ。
 よほど不審な顔をしたのだろう。
「九十九石じゃ」
 とおやじは言った。
「さっきのおっさんが拾ってきたやつか」
「代々の九十九じゃ」
「そんなに偉い家系なのか」
「知らん」
「おれは九十九石の値付けはできないな。どこに価値があるのかわからん」
「それでええんじゃ」
「おやじはすぐに値を付けるじゃないか」
「石を見てるのと違う。九十九の顔見て言うてるんじゃ。いくらくらい欲しそうか、そのくらいはおまえにもわかるじゃろ」
「そらまあ」
「九十九は石拾いの血筋じゃ。うちは石買いの血筋じゃ」
「血筋……」
 おれはあきれた。
「いまどき、血筋なんかどうでもええやろ。九十九のおっさんはいつかこの石を受け出しに来るんかい」
「あの人は拾うだけじゃ」
「いつか売れるんか、これ」
「おれの代ではなさそうだが、ま、この歳まで喰えてきたんだ。文句はいうまい。おまえも自分の血に逆らうな」
 おやじが死んだ。
 唯一よかったことは、税務署が蔵の中の石を資産として認めなかったことだ。当たり前だが。
 おいらは今日も帳場に座りながら考える。
 拾う血筋、買う血筋があるなら、投げる血筋もあるんだろう。九十九石が乱れ飛ぶ時代がどんな時代なのか、想像もつかない。

(了)

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