ズレ

 トイレで文庫本を開いて、私は目を疑った。
 いや、メガネを疑った。
 間違って妻のメガネをもってきてしまったのだろうか。
 いや、いくら近視や乱視の矯正が入っているメガネでも、文字が文字でなくなることはないだろう。
 模様にしか見えない。
 トイレから出ると、今度は廊下が変だった。
 いつから木の廊下が白くなった?
 いやな汗が止まらない。
 冷蔵庫からウーロン茶を取り出してコップにつぐと、文字がふわふわと浮いてきた。
「あい」
「つの」
「ドア」
「部屋の」
「、あいつの」
「誰に対しても」
「開かれているぞ、巡査部長」
「肛門と同じで」
 ああ、「夜のフロスト」か。さっき読もうとした文庫本だ。
 ん?
 なんで、あの時読めなかった文字がここに出てくるんだ。
 視覚に遅延状態が生じているようだった。
 私はあわてて眼科に出掛けた。
 視覚はあいかわらず、おかしい。この状態で外を歩くのは大変だ。
 記憶を頼りに這うようにして診察室に入っていくと、椅子に腰掛けた犬がニコニコしていた。
 私は症状を訴えた。
 動くトイレットペーパーが、ヒキガエルをくれた。私はたぶん財布であろう靴下から虫さされスプレーを取り出し、トイレットペーパーに渡した。

(了)

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