第4章 プログラマの仕事

プログラマと言語

 作家が日本語を知らなければ話にならないように、プログラマもプログラム言語を知らなければ仕事にならない。プログラム言語はプログラマがマシンとコミュニケートするための道具である。
「うふうふ」
「どうしました?」
「LISP(リスプ)が動いた」
「よかったですね―。なに作ったんですか?」
「いや、なにも」
「動いたって言ったでしょ」
「だから、LISPをインストールしてみたら、ちゃんと動作したの。うんうん。美しいよなあ」
「当たり前なんじゃないですか?」
「だって、実際に試してみないとわからないじゃない。さあ、次はICONだ」
 笠原氏の最近の趣味は、あまり一般的でないプログラム言語をインストールして、動かしてみることである。仕事はほとんどが「C」だが、それだけでは面白くないということで、新しい言語が手に入ると試してみずにはいられないという。
 笠原氏によると、外国語と同じくプログラム言語を学ぶこともイコールそのプログラム言語が出てきた文化を学ぶことである。
「文化というのは、もちろんアメリカの文化ですよ。現在のところはね。日本で生まれたプログラム言語もないことはないけど、広がる可能性は薄いですね」
 素人考えでは、日本語でプログラムが書けるようになればいいのにと思うが、そういうことを言うとプログラマに嫌われる。なぜなのか。
「日本語というのが、そもそも論理的なことを記述するのに向いていないんじゃないかと思うんですよ。文法的にも例外ばかりでロジカルじゃないですし。それに日本語だとどうしても人力するのに、かな漢字変換が必要でしょ。アルファベットに比べて、その点だけでも圧倒的に不利だね」
 いざ仕事となると、使われるのは「C」と「アセンブラ」が圧倒的に多い。
「パソコンのアプリケーションの場合、ほかの言語が使われる場面はもうないね」
 は広岡氏はいう。
 フリーの佐山氏にとってプログラム言語はもうすこし切実な問題である。
 その昔。舞台は、佐山氏が外注として仕事を受けていた会社の事務所。
「お―い。新しい仕事が入ったけど、誰か「MUMPS」って知ってるかあ」
「……」
 シーンと静まりかえる事務所内。
 たまたま雑誌でMUMPSの記事を読んだことがあった佐山氏は思いきって、はったりをかました。
「あ― 、知ってますよ。MUMPSはDB機能が豊富だし、BASIC並に簡単なんですよね」
 仕事は一発でとれ、サブリーダということになった。
 佐山氏はその足で紀伊団屋書店に走ったが、COBOLの関連書籍でさえあまりなかった当時に、MUMPSの関連書籍が出ていようはずもない。
 その後、佐山氏はMUMPS英字マニュアルのリファレンスをこっそリコピーして、なんとか誤魔化したそうだ。
 仕事を受けてから紀伊國屋書店に走るというのは結構あるパターンだというから怖い。
 力のあるプログラマにとって、プログラム言語はなんとかしようと思えば、なんとなかなるものらしい。このあたりが外国語と違うところだろうか。

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