食堂街

「開くとき、いちいち、チンて言わなかったっけ。昔のやつは」
「デパートのエレベーターでしょ、それ」
「そうそう。阪急デパートとか」
 などと言いながら、われわれはすーっと扉が開いたエレベーターに乗り込んだ。妻が27階のボタンを押した。ほかに人はいない。
 ぐいん、と床が動き出して、二人してコケそうになった。
「きゃー」
 と妻は叫んだ。私は声を出す余裕もなかった。
 床は斜め上に向かっている。楕円の動きというか。ああ。説明はムリだ。気持ち悪い。
 ぐんとGがかかり、床は90度傾いているが、それでも落下しないのはかなりの速度が出ている証拠だ。
 と、思っているうちに、バタッと床に落下した。
 27階の食堂街に到着したのだ。
 這いずるように外へ出ると、エスカレーターがどんどん人を吐き出していた。
 エレベーターに人がいないはずだよ。
 吐き気をもよおして「うえっ」と言っている私の横で、すくっと立ち上がった妻は、
「さああ、ビールを飲むぞお」
 と言った。

(了)

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