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【SS】反転ゲーマー

「とうちゃん、あぶないっ」
 と息子が叫んだ。
 黒い影が動き、腕に痛みが走り、どさっと倒れる重い音がして、エコハウスの蛍光灯が点灯した。
 私の左腕から血が流れている。
 布団は切り裂かれている。
 息子が見知らぬ男の横っ腹にナイフを突き立て、妻は茫然と立ちつくしている。
「おかあさん、救急車っ」
「いてーよ。なんだら、おまえらはよ。ありかこんなの。刺しやがって。ぶっ刺しやがって。うわあ痛い。雑魚キャラが生意気なんだよ痛いんだよ。あー。ログアウトしちゃお。どこだボタン。なあ、やめるつってんだよ。くっそー。こんなガキに。浮浪者のガキに」
 黒い服に黒い帽子を被った若い男の言動は異常だった。
「とうちゃん、大丈夫?」
「ああ。おまえこそ大丈夫か」
「うん」
「うっせーな。ログアウト」
「しないよログアウトなんて」
 息子がは言った。私はようやく事情が掴めてきた。
 現実と虚構の逆転した反転ゲーマーが、HP稼ぎに来たんだろう。息子が助けてくれなければ、意味なく殺されてしまうところだった。
 エコハウスの土地が浮浪者村と呼ばれているのは知っていたが、まさか自分が襲われるなんて、夢にも思わなかった。オンラインゲームをよく知っている息子のほうが、虚構と現実の混沌をリアルに受け止めていたのだ。おかげで命拾いした。
「バーカ。雑魚キャラがなにいってんだ」
 男の声はもはや弱々しい。
 警官がやってきた。
 またこれか、という顔で黒ずくめの男を眺める。
 男は、
「ログアウト」
 と呟いて死んだ。

(了)

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