隠れ画

 犯人のアパートは空っぽだった。
「ま、三人も殺してじっとしているやつもおらんわな」
 ということで、山ほどの証拠(正確には証拠候補)品が鑑識に運び込まれた。
 その中に、一冊の画帳があった。
「なんですかね、これは」
「細密画ですな」
「このソファに座って珈琲を飲んでいる男」
「ちょっと待ってください。ここに犯人の写真が」
「似てる……」
 犯人が描いた隠れ家。
 逮捕につながるヒントはこれだけのようだった。
 描かれているのは室内だけで、あまりにも茫洋としたヒントだ。
 結局は、迷宮入りとなった。
 事件の関係ファイルを段ボールにしまいながら、鑑識がもう一度画帳を見返すと、男は紅茶を飲んでいた。
「ええっ」
 こうして絵の中に逃げ込んだ男と、警察のにらめっこは三十四年間続き、絵の中の男は老衰で死んだ。

(了)

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