【ショートショート】天国への階段
病死は時間が余って困る。
いまの医学だとだいたいの余命がわかってしまうわけで、遺産分けを考え、遺言を書き、会いたい人に会ってもまだ時間が余る。
三途の川を渡ったときはホッとした。
が、そこが天国かと思ったらさにあらず。横に長く、奥行きも深い階段が始まっている。約一万二千段。その上に天国はあるのだという。
「ヒマだし、いいか」
登り始めた。まわりにもチラホラ、人らしきものはあるが、遠すぎてよくわからない。
すでに天国の領分らしく、暑くもなければ寒くもない。腹も空かないし、トイレに行く必要もない。ただ不思議なのは肉体に縛られる点である。一日に何百段も登ると、目が回るくらい疲れる。
疲労感くらい天国に似合わないものはないと思うのだが、いかんともしがたい。
何日たったのかわからなくなった頃、ひとりの足萎と出会った。
階段に座り込んで、茫然とあたりを見回している。
「どうしたんですか」
「いやあごらんの通り。歩けなくてなあ」
私は目を丸くした。
「どうやってここまで」
「元プロレラーというやつに助けてもらってな。ここまではこれたんだが、喧嘩別れしてしまった」
「この状態で喧嘩はまずいでしょう」
「あまり疲れた疲れたというので、いい加減にせいと言うたら、怒って行ってしまった。まだ四千段もあるのにの」
のんきなオッサンである。
背負っていくのはいやだが、しばらく話し相手になることにした。
「で、どうするんです」
「そのうち相撲取りみたいなやつでも来るまで待つよ」
「相撲取り、階段は苦手そうな気がしますよ」
「そういえばそうだな。やっぱりレスラーがいいか」
「宅配便とか引っ越し屋さんとか」
「あんたは?」
「私はモノカキをしていたので、なんの役にも立ちません」
「上にはなにがあると思う」
「天国って書いてありましたが」
「だから、その天国ってのはどんなところだと思う?」
「ま、階段は終わって、平らになって」
「ふん」
「池があって蓮の花が咲いていて」
「仏教的じゃな」
「あとは退屈な時間が山ほど」
「地獄のほうがイベント盛りだくさんで楽しそうだ」
「どっちもどっちというか」
「生まれ変わりがほんとにあるといいんじゃが」
「ですよね」
「しかし、どうもあやしい」
「え、どうして」
「わしはな、死んだら魂だけがふわふわ抜け出すかと思っていたよ」
「それは私も思いました」
「ところが、足はこんな状態のまま。歩けもせん」
「私もなんでこの階段がエスカレーターじゃないのかとずっと思ってます。願えばエスカレーターになるんじゃないかと思ったけど、ダメですね」
「ダメじゃな」
「このままだと上にいっても」
「このままの可能性が高いのう」
「だんだんやる気がなくなってきました」
私たちは上を見て下を見て、まっすぐ前を見た。一面の白い雲。
ふと、先に死んだ猫に会いたいなあと思った。
猫の天国は、また別にあるのだろうか。
(了)
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