のら
Ingressはポータルと呼ばれる基地をハックして歩く位置情報ゲームだ。ポータルは神社や史跡に設置されているので、自然と人気のない薄暗い道を歩くことになる。
今日も高円寺に向かって歩いていた。地名に寺と入っているくらいだから、そこここに寺がある。
裏通りを歩いていたときだ。
後ろからすーっと黒塗りの車が近づいてきて、私の横でぴたりと止まった。
私はスマホから顔を上げた。
タクシーのようである。
パタンと音がして、ドアが開いた。
えっとおもう。なぜ運転席のドアが開くのか。
中には誰もいなかった。
怪談かよ。
どうぞ、お乗りください、と声が聞こえた。
「いや、ダメです。ダメダメ」
と、思わず口に出していた。
運転手が失踪しまして、と車が訴える。どうか、わたしを車庫まで連れて行ってください。
「運転免許がないの。いや、忘れたんじゃなくて、もともと持ってない。理由なんてないよ。いいだろべつに。いや、泣かなくても」
私は運転手をなくしたタクシーと話し続けた。
やがて、がっくりと肩を落とした(ように見えた)タクシーはドアを閉めると、のろのろと走り去っていった。
あとから思い返すたび、せめてナビに車庫の住所を入力するくらいのことはしてやればよかったと後悔する。
(了)
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