【SS】空売り

 職安通いの日々が続いている。
 なにがハローワークだ。
 猫背のまま飲み屋に駆け込み、「今日も仕事は来なかった」と熱燗に語りかけていると、ぽんと肩を叩かれた。
「おい、ひさぶりだな」
 元同僚の野村だ。
「おー。元気か。相場はどうだ」
 オレが元いた会社では、社員を企業に見立てて、仮想相場を立ち上げている。私は人気がなくなり、損切りされてしまったのだ。つまり、クビだ。
 野村は、
「相場、まだ続いているよ」
 と言い、横に座り込んだ。
「オレも熱燗。さて、いい話と悪い話がある。どちらを聞きたい?」
「悪い話」
「シイナレイコがクビになった」
 シイナレイコはオレをクビに追いやった張本人である。
「いい気味だ」
「いい話は」
「オレにとっては、いまの話が最高だよ」
「いいから続けさせろ。損切りがなくなった」
「えっ」
「会社は損切りしたが、おまえのことを買ったまま保持しているやつはまだいるってことだ。大証で再上場しろ」
「大阪支社か」
「もう話はついている」
「ありがたい。仕事がなくてまいっていたんだ」
「はやく業績を上げて東証に戻ってこい。オレの投資を無駄にしないでくれ」
「ありがとう」
 素直な感謝のことばを口にしたのは何年ぶりだろう。
「泣くな。これは単なる同情じゃないんだ」
「え」
「じつはな、おまえに投資していたやつらはほとんど売ってない。なのに、どんどん値付けが落ちていった。だんだんその仕組みがわかってきてな」
 オレは考え込んだ。
「空売り?」
「そうだ。一個人を潰せるほどの空売りは、そうとうなポイントを持っていないとできない」
「シイナレイコには無理だな」
「もちろんムリだ。部長だよ」
「なぜ」
「シイナレイコに色仕掛けで落とされたらしい。売るだけ売って、おまえを損切りする前に買い戻している」
「そこまでやるか。で、部長は」
「悪事がバレて連日ストップ安だよ。このままどうなるかが見物だな」

(了)

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