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サワラ担当

「緊張しますか」
「そりゃあ……まるで刑事ドラマの取調室みたいじゃないですか。窓もない。色もない」
「われわれは民間の調査機関で、警察や公的機関とは一切関係ありません。なるべく集中して喋れるようにこんな部屋を用意させていただきました。では、質問を始めます。テーマはニッポンの仕事です。あなたのお仕事は?」
「えーと、広く言えば流通業。小売店への魚の卸ですね」
「その中であなたのご担当は」
「私の担当はサワラです」
「魚の種類ごとに担当者がいると考えていいのでしょうか」
「そうですね」
「具体的になにをしているか、教えていただけますか。もちろん、ここでお話されたことはすべて機密データとして扱われます。内部告発ではありませんので、安心してお話ください」
「さきほどサワラと言いましたが、より正確にいうと、一般的にサワラと思われているもの、サワラという概念そのもの、ですね」
「どういうことでしょう」
「鮮魚売り場をご覧になってください。鮭、サーモン、ヒラメ、マグロ、鯖、カツオ、ブリ、タコ、イカなど、よく馴染んだ名前がずらっと並んでいると思います。サワラも人気の高い魚です。鮮魚売り場の確固たる一画を占めているといっていいでしょう」
「そうですね」
「サワラの漁獲高が減っても、サワラの切り身がなくなっていいということにはならないのです」
「ふむ」
「ですから、あれば卸しますし、なければ作ります。それがサワラ担当ということの意味です」
「どうやって作るんですか」
「よくあるのはモドキです。サワラによく似た魚を輸入してサワラとして卸します。切り身になっても見分けがつく人はまずいません。味とか食感はもちろんよく吟味してから出荷します。モドキが品薄になってくると、専門業者から材料を取り寄せます」
「材料?」
「身の部分と皮の部分ですね。成分分析をして、サワラとよく似た成り立ちをしていれば合格です。皮と身を合成して形を整えるのはうちの合成部門が担当します。まさにサワラを作るわけです。私が味や食感に関する指示を出し、検査を合格すれば出荷します」
「その材料はサワラとは似ても似つかぬ魚、ということですか」
「残念ながら魚かどうかよくわかりません。サンプルは四角い固まりですし。成分のよく似たなにか、としか申し上げられません」
「まとめますと、サワラ売り場を確保してサワラという商品を並べるのがサワラ担当者のお仕事であると」
「そういうことです」
「ありがとうございました」

(了)

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