蜘蛛の糸
「無線LANも切れてしまったでチュ」
とびすが無念そうに言った。
N700系、新型のぞみの車中である。さきほどまでの激しい揺れはおさまり、いまは静止画像のような田舎の景色が窓に映り込んでいる。
東海大地震、発生。
各所で亀裂が発生しているらしく、道路も線路もズタズタ。交通網は完全に破壊されてしまった。
こんな時でさえ、JRのアナウンスはいい加減で、情報らしい情報を提供しない。お待ちくださいと繰り返すだけだ。
もうすぐ名古屋に到着しようかという地点である。
前にも後ろにも数十メートル単位の大きな亀裂があるから、この立ち往生、解決の見込みはまったくない。壊滅した都市部の救助が最優先事項で、止まっている新幹線のことなど誰も考えてはくれない。
いやな予感があったのか、水だけは大量に買っていたので、しばらく静観することにした。
野宿よりはまだ新幹線の座席のほうがいい。
kindleで小説でも読んでゆっくりしよう。もは予定などあってなきがごとき。
翌日、空を大きな黒煙が覆った。富士山、大爆発。東京壊滅。故郷の杉並区を喪失して、びすは悲しそうだ。
新幹線に生活物資を配給するほどの備蓄があるわけはないので、翌日はやくにドアが解放された。半数ほどの人々が線路に沿って歩き出した。
「びす、どうしよう」
「待っているでチュー」
「なにを?」
「移動式杉並区でチュー。来ました」
空を見上げると、空を覆うようにしてでっかい気球がのったりと進んでくる。
「これから兵庫県の奥地に入植するでチュー」
びすが連絡を送ると、するすると細い縄ばしごがおりてきた。
(了)
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