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魔法刑事ふたたび

 太った女性は年齢不詳よねえと思いながら姫川は言った。
「あんたが犯人でしょ」
「はいそうです」
 姫川はきっと後ろを振り返った。
「なぜあたしを呼んだ。自分でやったって言ってるじゃないか」
 姫川は本署でも珍しい犯人でっち上げの専門家である。
 五味川刑事は身を縮めるようにして「こっちが現場なんですが」と風呂場を指さした。「まあ、一言で言うと、真っ赤っていうんですか」
「なにがあった」
「人体の爆発です。木っ端微塵。飛び込みよりひどいって鑑識が泣いてます」
「……」
「あの。背中を流そうとしたら、主人の背中の肩胛骨の下あたりにいぼを見つけまして。押してみたら、ぼんって」
「ぼんって」
 そのあたりにたむろしていた刑事と警官、何人かが声を合わせて唱和した。
「こういう事件っていうんですか、事故っていうんですか、どっちにしろ非常識な事態というのは、姫川さんの管轄だと思いまして」
「いいよわかったよ。なんでも押しつけやがって。みんなここから出ていって。鑑識ももういい。奥さんも台所かどっか行って」
 姫川はひとりになると魔法のスティックを取り出して、くるくる回した。ぎゅーんと時が引き戻され、風呂場の中からシャワーの音が聞こえてきた。
 いそいそと奥さんがやってきた。
 姫川をみて、ぎくっと立ち止まる。
「あなた、だれですか」
「これの愛人」
 風呂場を振り向く。
 奥さんの顔が蒼白になり、風呂場に飛び込んでいった。がつっと固い音がして、一瞬で勝負はついた。失神して床にのびている旦那。
 ま、爆死よりマシだろ。
 奥さんがなにか言う前に、姫川は赤い口を開いた。
「旦那さんの背中の、肩胛骨の下のいぼ、押さないほうがいい。旦那、死ぬよ」
 心当たりがあるのか、奥さんは棒のように立ちつくした。

(了)

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