にわとり

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 知識は推理の源泉。名探偵はなんでも知っている。
 名探偵のもうひとつの真実。貧乏である。収入がないのだから仕方がない。
 ほんとは、目黒考次郎は孤独な移動手段であるクルマが大好きなのだが、収入の関係でもっぱら電車か地下鉄を愛用している。
「第三の新人ていたよねえ」
 若い三人組の雑談にぴくっと耳がふるえた。歳のわりにはまともな話題だ。
「遠藤周作とか」
「吉行淳之介とか」
 そうそう、と目黒は黙ってうなずく。
「第三の新人ってことはその前に第一とか第二があるわけ?」
「あったんだろうなあ」
「あったけど、もう忘れられているんだろうなあ」
「あっ、源氏鶴太とか」
「それだっ」
 ばかっ。目黒は地団駄を踏んだ。
「鶴太かあ」
 つるじゃねえ。
「あの、将棋の観戦記も書いてた人な」
 それ、山口瞳。目黒は血圧が上がりすぎて視界がぼやけてきた。次の駅までもつだろうか。
 黙ってたひとりが「あっ」と呟いた。
 ずっとスマホで検索していたらしい。
「第一の新人とか第二の新人とかってのはないんだよ。それいうなら、第一次戦後派作家、第二次戦後派作家だってさ」
「あー、第三の新人ってのは戦後派作家第三弾ってことだったのか」
 ようやく目黒の血圧が下がってきた。
「で、第一次って誰よ」
「いろいろいるよ。野間宏とか椎名麟三とか梅崎春生とか武田泰淳とか中村真一郎とか埴谷雄高とか大岡昇平とか」
「すげえじゃん」
「二次は?」
「こっちもすごい。三島由紀夫、安部公房、島尾敏雄、堀田善衛、井上光晴」
「ひゃあ、おれ、そういうの全部まとめて第三の新人かと思ってたよ」
「じつはおれも」
「うん。ぼくも」
 ま、それくらいは仕方ねえよな。
「で、鶴太はどこに入るんだ」
「鶴はどこにもいないみたいだなあ」
 電車が駅に滑り込み、扉が開いた。
 目黒はあらん限りの大声で、
「にわとりじゃあ」
 と叫んで、逃げ出した。

(了)

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