隠れ里

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 電車の中ではだいたい本を読んでいるので、降りる駅が近づくとびすが教えてくれる。
「チュー」とポケットの中から小さな声が聞こえたので、私はいつものように自動的に立ち上がって、地下鉄のホームに出た。
 見たことのない駅だった。
「ここは、どこ?」
「隠れ里でチュー。一度案内したいと思っていたでチュー」
 地上に出た。
 一見、普通の街だ。ところが、歩いているとどちらへ向かっても、道が細くなり、途絶えてしまう。歩く程度ならなんとかなるのだが、見知らぬ街でビルの隙間をくぐり抜けるのはちょっと勇気がいる。
「道が細くなると、ほとんど人の出入りがなくなるのでチュー」
「へえー。ここの人たちはどうやって出入りしているの」
「地下鉄かふつうに歩いて出入りしているでチュー」
「こんな駅があるなんて知らなかったなあ」
「路線図に書いてないだけで、三十分に一度くらいはふつうに停車しているでチュー」
「十年以上この路線を使っているのに、ぜんぜん気づかなかった」
 しばらくぶらぶらし、吉野家で牛丼を食べて、地下鉄に向かうことにした。いつまでも知らない街をうろうろしていても仕方がない。
 駅の入り口が見えた。
 前を歩いていた人が突然、倒れた。
「大丈夫ですかっ」
 駆け寄ってみると、胸に深々と手裏剣が刺さっていた。即死である。
「なんなんだこれは」
「スパイかもしれないでチュー」
「だからって、こんな簡単に殺しちゃダメだろ。いったいどういう街なんだ」
「忍者の隠れ里でチュー」
「ひゃー。なんでそんなものを知っている」
「ここで訓練を受けていたことがあるでチュー」
 私はあわてて忍者ネズミをポケットに押し込み、地下鉄に駆け込んだ。
 家についても心臓のドキドキが収まらない。

(了)

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