老人と猫

 かおりの仕事場の近くで、人垣が出来ていた。
「なになに」
 と鼻先をつっこんでいくかおり。
「人殺しらしいよ」
「自殺じゃないの」
 他人事だと思って、わあわあ言っているだけだ。
 かおりは人垣の先頭に出て、被害者を見た。老人に見えが、一瞬後には黒猫になり、すたすたと歩き出した。かおりは自分の目が信じられない。
「助けて、河馬丸」
 捜査現場の鑑識や刑事たちも大騒ぎだ。
 被害者が消失してしまった。
 そこへ河馬の突入だ。
 どどどどど。
 人垣は四方八方にはじき飛ばされ、現場もむちゃくちゃになってしまった。
 かおりは河馬丸の背中に飛び乗った。
「河馬丸、矢印を追って」
 倒れたペンキ缶から緑のペンキが流れ出し、黒猫はそれを踏んでしまったのだった。
 点々と続く肉球は、矢印に見えないこともない。かおりと河馬丸があとをたどっていくと、不思議な場所に出た。
 忘れられたような五階建てのビル。外壁に取り付けられた階段を登っていくと、屋上には小さな庭園があり、矢印は四阿まで続いていた。
 四阿には小柄な老人が座っていた。
「あの」
 とかおりは老人に話しかけた。
「このあたりで黒い猫を見かけませんでしたか」
 老人は「さあ」と言って、両手を広げた。手のひらが緑色だった。

(了)

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