名探偵の営業
目黒が気配をひそめて新宿署に入ってきた。
「河田警部」
ひっ。
驚いて河田警部が飛び上がった。
「こら。背中から声をかけるな。あ、目黒くんか」
「いや、それが」
目黒は名刺入れから作ったばかりの名刺を取り出した。
「わたくし、こういう者でして」
「東京二十三区考次郎って、なんだね、これは」
「生活が苦しく、営業範囲を広げようと思いまして」
「だからって、名前を変えることはないだろう。口でいえ口で」
「電話帳にも東京二十三区目黒探偵事務所で登録したんですが」
「よけいわからん」
「うーん難しいものですな」
「君がわざと難しくしているんじゃないか。だいたい名前が目黒だからって、目黒区だけの探偵だと思うやつがどこにいる」
「ここに」
「だから、君がそのへんな意識を変えればいいだけじゃないか。とりあえず、君の意向はわかったから。難事件があったらそっちに振るよ」
「ありがとうございます」
やる気になったのはいいものの、最初からつまづいた目黒であった。また名刺の刷り直しである。
「河田警部」
「おお、目黒君か」
「新しい名刺ができました」
「うん……君はバカかっ」
名刺には、どんな状況にも対応できるよう「○○考次郎」と書いてあった。
(了)
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