野性の証明

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 名探偵は、マジックミラー越しに取調室を眺める小部屋にいた。
「あれが猫男だよ、目黒くん」
 と河田警部が言った。
「取り調べているのはうちの島田だ」
「イケメン対決ですな」
 と、目黒考次郎。
「そうなんだ、もうわけのわからんことになっててな」
「犯行を認めないんですか」
「捕まえたとたん、猫をかぶりやがって。おまけにあのイケメンだろ、署内の女どもはもうメロメロだよ」
「男は関係ないでしょ」
「男も動物には弱いんだよ」
 猫男がうるうるした目で床にごろんとひっくり返ると、島田も落ちてしまった。
「あっ、あのバカっ」
「しかし、歯形があるということは、DNA分析も終わっているわけでしょう。証拠としては完璧じゃないですか。自白は必要ないでしょう」
「ふつうならな。しかし、こいつの裁判は陪審員制度で行われる。不安なんだよ。あの調子でやられたらどんな判決が出ることやら」
「猫は人たらしですからねえ」
「なんとかならんか」
「警官でもない私が取り調べをするわけにもいきませんし」
「うーむ」
 裁判当日。
 河田警部の不安は的中した。
 猫男こと渡辺優司が髪をかき上げると、茶色の細い毛並みがふわっと舞った。陪審員席からため息がもれる。
「くそー、煮干し欲しさに人の首を噛みきった男なんだぞ、あいつは」と警部は歯がみする。
 そこに、三日間公園に潜んですっかり野生化した目黒考次郎が証人として登場した。
 さっと場の雰囲気が変わる。
 渡辺優司は頭髪を逆立て、牙を剥き出し、フーっ、シャーっと叫んで敵意を剥き出しにした。化けの皮が剥がれ落ちてしまった瞬間である。
 裁判所内はシーンと静まりかえり、はっと我に返った陪審員たちは全員一致で有罪判決を出した。
「ごくろうさま」
「フーっ」
 と一言残して、目黒考次郎は退席した。彼もまた一度野生化してしまうと、そう簡単には元に戻れないのである。

(了)

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