きれいな消滅

 東京から特急でも一時間。ずいぶん郊外にある先端学園都市。その中でも中枢に位置する国立大学理学部に雰囲気になじまない来客があった。
 会議室のソファに来客二人、主任教授、ゼミの学生たちが窮屈そうに座っていた。
 来客は軍人であった。
「これはまだ極秘事項だが、我が国は今朝、宣戦布告を受けた」
「いやですとかやめてくださいというわけにはいかんのですかな」
 と教授。
「布告です。相手はやるといっているのです」
 と上司が答え、部下らしき軍人が補足した。
「この大学の研究施設はすべて自衛隊が接収する。君たちは、研究チームということでそのままここに残ってもらう」
「うちは軍事研究などしていませんが」
「どこもしてませんよ」
 上司は吐き捨てるように言った。
「われわれの開発チームと合流していただきます」
「ところで、敵はどこですか」
 と、寝癖のついたもじゃもじゃ頭の学生が聞いた。
「君はバカか。自衛隊と戦える国といったら中国しかないだろう」
「宣戦布告してきたのは中国でしょう。彼が聞いたのはほんとの敵はどこかということです」
 と教授が学生をフォローした。
 二人の軍人は顔をしかめた。
「安保条約はどうなったんです?」
 と重ねて問う。
「アメリカ軍は基地から撤退している」
 と苦々しげに上司が言った。
「やっぱり……」
 学生たちはため息をついた。
「やっぱりとはどういう意味だ」
「中国人になったつもりで考えてみてください。最大の輸出国は?」
「アメリカだな」
「低価格の商品を大量に輸出してシェアを取りに行ったときにハイテク技術を使っていつも邪魔をする国がいる。どこですか」
「日本だ」
「今度はアメリカ人になって考えてください。さて、アメリカはいま、実体経済の回復に必死です。最大の需要が見込める市場は?」
「中国だ」
「そこでちょろちょろと商売して利益をかすめ取っている国は?」
「日本だ」
「では、中国とアメリカにとって日本の存在とは」
「邪魔もの」
 と二人は声を合わせてしまい、不機嫌に黙り込んだ。
「アメリカの支援がなきゃ、宣戦布告なんかするわけないですよ」
「じゃ、これは第三次世界大戦か」
「第二次太平洋戦争じゃないですかね」
「実行犯が中国で、教唆がアメリカ。ということは、中国はどんな武器でも使えるわけだ。君ならどうする」
 教授はもじゃもじゃ頭に質問した。
「全国の主要都市に中性子爆弾ですか」
「そんなところだな」
 軍人の顔色が蒼白になった。
「ば、馬鹿な」
「インフラをあまり傷つけず生物だけを排除できますからね。一人っ子政策のせいで、中国でも少子高齢化の問題が深刻化します。その時、高齢者を日本に島流しすれば、一挙両得でしょう」
「こんな職業難の時代に高度にハイテク化した工業国家なんて必要ないんですよ」
 軍人たちは口惜しさのあまり口もきけない。
「テレビをつけてみよう」
 と誰かが言った。
「あー、もうどこも放送してないな」
「じゃあ、ここももうす」

(了)

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