デパートマン

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 ふと、二十年くらい日常品と食べ物以外なにも買っていなかったことに気づいた。
「なにか買い物っぽい買い物をしたいよねえ」
 と妻と話し合い、旅行用の貯金を取り崩して、デパートに行くことにした。
 おまえらどんな旅行を考えていたんじゃと言われそうだが、その金額は1千万円である。
 バッグ、靴、財布、皿、珈琲カップ、作務衣、国旗、顕微鏡、物欲の爆発するままに買いまくっていたら、とうとう重すぎて動けなくなってしまった。
「カートはないのかカートは」
「スーパーじゃないんだから」
 私たちは三階の階段の踊り場で、へたりこんでしまった。
「いくら何でもちょっと買いすぎだ。売ろう」
「店の人に怒られちゃうわよ」
「なーに。構うものか」
 露天商のように、風呂敷の上に商品を並べたら、驚いたことに買っていく人がいる。デパートの中って、なにか、ものを買いたくなるような物質が気化してんじゃないのか。
「あなた、もう売るものないわよ」
「おい、お金増えちゃったよ」
「これじゃなにしに来たわからないわ。買いましょう」
「そうだ買おう買おう」
 防水テレビ。有機野菜。米。
「どうして重いものばかり買うのよ」
「うーん。癖かな」
 また売った。
 買って売って買って売って。
 結局、閉店の時に残っていたのは、「I'm Departman.」と書かれたTシャツだけだった。
「私たち、今日はなにしに行ったのかしら」
「さあ。買いたいだけ買ったからいいんじゃないかな。なにも残ってないけど」

(了)

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