古書の街

 古書を売りにきた。
 神田の羊幻堂は鰻の寝床のような店だ。
 最初のカウンターにはモノクルをかけた羊が座っていた。私の並べた本を一冊一冊確認し、韓国ドラマのノベライズ本をむしゃむしゃと食べ始めた。まあ、仕方がない。残った本をもって次のカウンターへ。
 明らかに種類の違う黒い足の羊の親子が「狐狸庵先生北へ」を破いて、子羊の口に入れ始めた。紙質が柔らかいから選んだだけじゃないのかという疑心が生まれる。
 その後もどんどん本は減り続け、最終的には、リュックいっぱいの本が四冊だけになった。
 ようやく寝床の奥で羊幻堂主人に出会う。
 「関西古典芸能大全」「渦巻き鳥おはよう」(全三巻)を手に取り、主人は「9500円」という。
「それでよろしいか」
「はい」
「では、お茶でも」
 主人と、渦巻き鳥おはようは私家版として書かれた幻の四巻があるのではないかという噂について話し合う。天下の羊幻堂主人も噂だけで見たことがないという。
 辞去して、外に出ると、静寂になれきった耳にうわーんという音が聞こえた。なんだか体の中に虫が入り込んでくる気分だ。私は9500円を握りしめ、総武線に乗り込んだ。

(了)

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