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【SS】御神輿

 机に張り付いていると、祭り囃子が聞こえてきた。iTunesの音を小さくして、耳を傾けてみる。太鼓と鉦の音に誘われ、表に出た。
 人波が大通りに向かってぞろぞろと歩いていく。
「どこ行くのー」
 と妻に聞かれて、「ちょっとお祭りを見てくる」と答えると、「待ってー」と言われた。シャワーを浴びてるのを待ってる時間はありません。
「ゆっくり歩いているから、追いついてー」
 と言って、行列に並んだ。
 妻は追いついてこなかった。
 中野区に入り、練馬区に入った。速度はゆっくりだが、ぜんぜん休まない止まらない。地域の祭りじゃなかったんだと気づいたが、行列を離脱するタイミングを逸してしまった。
 真夜中。何キロか前方がぼーっと光っている。あれが御輿なのだろうか。
 眠気に負けて道ばたで熟睡している人がいる。
 男も女も。若いのも年寄りも。
 私も数日歩き続けてばったり眠ってしまった。起きた時にも行列は続いているので、また歩き始める。
 ヤマダ電機があったのでノートパソコンを購入し、ときどきファミレスで仕事をしながら、祭りを追い続けた。この祭りの終点を見届けたい、という思いが日に日に強くなる。
 が、終わりはなかった。
 数ヶ月後、「あっ、あなた」と声をかけられ、はっと気づいたら家の前だった。どこをどう通ったのか、元の場所に帰っていたのだ。
「ちょっと待っててくれる。いま、シャワー浴びるから」
「いいよ。もう行かないから。先に浴びさせて」
「じゃ、いっしょに」
 数ヶ月分の垢を落とし、ひさしぶりに布団の上で熟睡した。
 以来、祭り囃子が鳴りやむことはない。自宅の仕事部屋で、ずっと太鼓と鉦の音を聞いている。
 いまもときどき、ついて行きたいなあという衝動に襲われる。

(了)

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