引っ越しの挨拶

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 ぴんぽーん。
 玄関のチャイムが鳴った。モニターをみると、頭に鉢巻きを巻いた人が立っている。
「鉢巻きをしている人にいい人はいないよなー」
「それは偏見でチュー」
 ドアを開けると、「インテル入ってる」という鉢巻きをした人がニコニコしながら名刺を差し出した。
「伊東・インテル・弘幸です」
 名刺をみると、「サイボーグ伊東・インテル・弘幸」と書いてある。住所と電話番号も。
「隣に引っ越してきた者です」
「あ、そうですか」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。ところで、サイボーグって職業ですか」
「いえ、仕事ではありません。属性といいますかインテルといいますか」
「インテルにお勤めで?」
「インテルはここに入ってます」
 と頭を叩く伊東。
「ちょっと失礼」
 私はトイレに入ってびすに聞いた。
「お仲間?」
 びすはふるふると頭を横に振る。
「きっとダブリン社でチュー」
「あー、あのややこしい会社」
 玄関に戻る。
 伊東は「あー、インテルかな。インテルだな。インテルだよな」と呟いていた。
「すみませんでした」
「いえいえ、これ、つまらないものですが。引っ越しのご挨拶です」
 と伊東が小さな袋を差し出す。
「あ、これはこれは、ありがとうございます。なんだろうな」
「CPUクーラーです」
 ほんとにつまらないものですね、と言いそうになってぐっと耐えた。
 伊東はそろそろ話題が尽きたらしく、目を光らせ、壁にインテルのCMを写し始めた。
「……」
「失礼いたしました」
 伊東は恐縮しながら帰っていった。
「あのサイボーグはいったいなにをしにきたんだ」
「ひょっとすると、サイボーグじゃなくて、アフェリエイトロボットかもしれないでチュー」
「なるほど」
 ぴんぽーん。
「またあなたですか」
「最後にもう一言だけ」
「なんですか」
「インテル、入ってる?」
「帰れ」

(了)

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