インタビュー

 新幹線で京都へ行った。
 インタビューのためである。指定された住所は錦市場内にあった。
 鳥居をくぐって寺町商店街に入ると、延々と店舗が続くが、中には細い門もあった。鰻の寝床が続き、奥の方に自宅があるのだろう。
 「上川」という表札がかかっていた。ここだ。
 呼び鈴を鳴らすと、夫人らしき人が玄関を開けてくれた。
「こちらどす」
 さすが京都。屋根がなければ路地としかいいようのない細い通路をずっと歩いていく。三十分ほども歩き、いい加減不安になってきた。もう商店街の外に出てしまったのではないだろうか。窓がないため、ここが地上なのかどうかもよくわからない。
「遠いですねえ」
「申し訳ありません。まだまだ遠おましてなあ」
「はあ」
「滑るから気ぃつけてください」
 そういえば、だんだん湿っぽくなってきた。
「ここから先は歩くより滑るほうが早いんどんすえ」
 潜水スーツのような服をかぶせられ、がらっと引き戸を開けると、そこは、水路だった。
「では、私はここで」
 どん、と背中を押され、私はわあわあと叫びながら流されていった。
 岩でできたウォータースライダーである。時間感覚が狂う。実際に流されていたのは十分か、一時間か。だんだん水平になり、私の体は静止した。
 また、がらっと引き戸が開き、違う女性があらわれた。
「川上の家内どす」
「すると、さっき人は?」
「主人の秘書でおます」
「ははあ」
「ささ、こっちへ」
 板敷きが廊下になり、畳になり、障子を開くと、そこに川上さんがいた。
「やあやあ、ようお越し」
「ほ、本日はよろしくお願いします」
 ICレコーダーを回し、インタビューした。
 終わって、急に不安になった。
 レコーダーを止めて、私は尋ねた。
「あの、帰りはいま通ってきた通路を逆に帰るんでしょうか?」
 言いながら、それは無理やろと内心でおもう。
「いやいや、あそこを逆に行くのは無理でっしゃろ。裏玄関に案内しますさかいに」
 その裏玄関がまた遠かった。
 とうとう行き着いて、扉を引けると、朝日が差し込んできた。そして、視界いっぱいの海。
「海ですね」
「そうですねん」
 小さな手こぎ船で小浜海岸まで送ってもらい、小浜線で敦賀へ、敦賀から米原までJRの特急に乗り、新幹線に乗り換えてようやく東京に戻ってきた。マフィアの取材じゃあるまいし、どれだけ用心深いんだと、呆れかえった。
 それから三日間かけて私が執筆した記事は「パンの美味しい焼き方」である。

(了)

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