バックパッカー時代の思い出話だ。

お嬢様がいた。以後、お嬢様と呼ぼう。彼女は26歳。文化人だらけの家系だ。婚約破棄があって日本からスペインに逃げてきた。けっこう美人で若く見える。

彼女はとくに目標を決めず日本を脱出してスペインに来た。たぶんその時点では世界旅行に出ようという気はなかったと思う。

スペインで、美大出のにーちゃんと彼氏彼女になった。彼は22歳とか。彼のことを以後は美大出と呼ぼう。

外国では簡単に恋に落ちる。同じような目的で来てるどうしだからね。シンパシーが生じやすい。

明確な目的があって旅行してる人は恋に落ちない。また短期旅行者も恋に落ちない。1週間程度の旅は毎日観光に行くから忙しい。恋に落ちるのはとくに目的がない人たちで、長期旅行者がまさにそうなんだわ。安宿でウダウダして日々を過ごす。すげー暇だ。恋でもしないと暇が潰れないんだよ。

女性は1人だと危なかったり不便なこともあるから、旅行限定の彼氏を作るのも十分アリだと思う。コントロールしやすい男なら、無料の同伴者サービスみたいなもんだ。

お嬢様と美大出カップルはヨーロッパを少し旅行してからギリシャに下り、ギリシャからエジプトに来た。よくあるパターンだ。

ヨーロッパの北の国々は物価が高い。そして社会が効率的に動いてるから、うだうだしてる長期旅行者にはリズムが合わない。南の国々は物価が安い。そして社会全体が効率的に動いてないから、うだうだしやすい。長期旅行者はギリシャのアテネに集まる。

アテネって世界旅行者の大きな拠点になってて、格安航空券が山ほど売られてる。ヨーロッパを回った人が最後はアテネに寄り、そこからアジアとか北米に飛ぶというのが非常によくあるパターンだ。

そして、ギリシャとエジプトはすごく近く、航空券も安いから、アジアとか北米に飛ぶ前にエジプトに立ち寄ってみるというのもメジャーなパターンなんだわ。

というわけで、お嬢様と美大出カップルはギリシャのアテネからエジプトのカイロに来た。そこで俺と出会った。

当時の俺は21歳。留年大学生で、まだ麻雀にドハマリしてなかった。留年して半年暇になったからヨーロッパと中近東を目的地として旅行に来てて、ヨーロッパの物価の高さに疲れ果て、アテネからカイロに来たのだった。大学が始まる4月までには日本に戻るけど、アテネで新年を迎えたからまだ3ヵ月の猶予があった。どこから日本に帰るかは未定だった。成り行きまかせですな。

まあ俺のことはいい。俺はそのカップルと旅先で出会っただけの関係に過ぎなかった。そのカップルはもっと大問題となる相手にもカイロで出会ったのだった。