多色性と、イノベーションの話(意識高くない)

イノベーションってあるじゃないですか。と、いきなり意識高いワードを持ち出しますが、今回は意識高めの話ではないので安心してください。

イノベーションとかリノベーションとか、とにかく横文字を並べるとそれっぽく聞こえるし、(文面としては)見えるんですけど、「結局は何が言いたいの?」ってことが伝わらないとどうにもならないと思うんです。

なので、今回は横文字を使いつつにはなりますが、なるだけ分かりやすく、「多様性」の大切さについて考えていきたいなと思います。

まず、「多様性」っていう言葉なんですが、類義語として「多面性」っていう言葉があります。サイコロみたいにいろんな面があって、その「面」の集合体が私である、という考え方です。

多分、「多様性」より「多面性」の方がイメージがつきやすくて(さっきでいう“サイコロ”みたいに)、伝えやすいのかなと思っています。

でも、現実に即して言うと、もっと適した言い換えの言葉があると僕は思っています。それは、「多色性」という言葉です。

色というのは、赤緑黄、黒白、中間色も合わせれば無限通りの「個性」を表現することができます。
それと、水彩絵の具をイメージしてもらうと分かりやすいのですが、色は重なり合うことができます。赤と青だったら、紫、というように。

多分、人間の関わりあいにも同じことが言えるんじゃないかと思います。人それぞれにもっている個性(=色)は、関わりあいことで重なり合い、時には感化されて侵食しあったりもします。

「朱に染まれば赤くなる」とは、本当によく的を射た諺だと思います。簡単に説明するとしたら、ある団体の個性が赤であれば、そこに長く自分を置いていると、自分の色も赤くなっていくということです。さっき言った侵食作用ですね。

これなんですけど、自分が持っている元々の色が青だとして、それが完全に赤になってしまうのだとしたら、この諺は僕は、「悪い」諺なのだと思ってます。

変わることは「良い」ことでもあり「悪い」でもある。それは分かります。でも何故、今回それを分かった上で「悪い」と言いきるのか、それにはちゃんとした訳があります。

仮に就職したとして、その会社の色(=個性)が赤だったとしたら、自分の色は、赤単体ではなく、
青、紫、赤、の部分があるべきではないか。と思うからです。

ここで例のイノベーションの話になりますが、イノベーションは全く別の何かと何かを掛け合わせることで生まれます。つまり、多様性、否、多色性がなければ世の中にイノベーションは増えていきません。

自分の個性を殺してしまうことは、自分が持つ色を塗りつぶして、多色性を殺してしまうことと同じ意味です。

だからこそ、自分の個性を失ってしまい、しかもイノベーションが起きないという点で、「朱に染まれば赤くなる」は悪い諺だ、と言う事ができるのだと思います。あくまで、「完全に」染まってしまった場合で、言い換えるなら洗脳されてしまった場合に限るということもありますが。

しかしこれは自分にとってのメリットだけではなく、実は、会社と自分にとって双方のwin-winの関係でもあります。
会社にとっても、「自分」という、会社とは別の色(=個性)が入ってくることがイノベーションを生み出す種になっているはずなので、多色性をお互いが持ち、かつ尊重することは、お互いにとってのメリットになるからです。

これは、個人と企業の関係だけではなく、個人と個人の関係にも言えることだと思います。
色んな人と関わる必要がある、とあちらこちらで言われるのも、きっと、簡単に言っちゃえば
相手の色を取り込んで、理解の幅を増やして、自分の多色性を強化しようぜ!ってことなのだと思います。

複雑化する現代において人間の多様性の重要度はイノベーションの創造という観点から見て非常に意義あるもので……

とか、そんな難しい言い方しなくても、要は、「自分の色、増やしていこうぜ!」ってことでいいんだと思います。

自分の色を尊重しつつ、他人の色を取りこんで、たくさんの色を持つ自分のパレットから新たなイノベーションを生み出す。

それってすごく楽しいことだし、何より彩り豊かな人生になりそうな気がするね、っていう、意識高そうで、実はそんなんでもない話でした。

#コラム



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#山吹誘地

【コラム】#春夏秋冬論

感じたこと思ったことを平成生まれの視点で徒然と書き綴る創見の文集。その時々にしか感じ得ない思索の提示。振り返った時に色鮮やかな正弦波が描かれていますように。四季のように考えは移ろいます。
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