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なぜ「〈物語〉シリーズ」では建築が描かれるのか─背景が語ることはなんなのだろうか

高校二年生の阿良々木暦はある夜、伝説の吸血鬼であり、
“怪異の王”キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードと
衝撃的な出会いを果たす。
まばゆいほどに美しく。
血も凍るほどに恐ろしく。
四肢を失い、痛々しくも無残な伝説の吸血鬼。
全ての〈物語〉はここから始まる—

西尾維新による原作小説「傷物語」を、「Ⅰ鉄血篇」、「Ⅱ熱血篇」、「Ⅲ冷血篇」の
全三部作として映像化。『〈物語〉シリーズ』、『魔法少女まどか☆マギカ』の
総監督新房昭之とシャフトが送る、『化物語』で描かれた“怪異の物語”の原点がここに。


なぜ建築が描かれるのか

『傷物語』で執拗なくらいに背景である建築物が強く強調されているのはなぜだろうと考えてみるが,その理由は想像もつかない.

アニメとは100%人の手によってつくられたものである.
実写の映画とは異なり,意図しないものが映り込むということは起きない.そこに描かれたものは何かしらの理由があって描かれたもの(のはず)だ.

TVアニメの『物語シリーズ』においても特徴的な建築というのはいくつか出ていたが(石上純也氏の『KAIT工房』,三分一博志氏のフォリー,チュミのラ・ヴィレット公園など),劇場版である『傷物語』においてはそれと比べものにならないレベルで建築の存在が強調されている.

なにしろ劇場版『傷物語』自体が「山梨文化会館」(しかも初期の姿)を舞台とした映画になっている.

また,主人公である阿良々木の家は丹下健三氏の自邸にイメージを得たと思われる建築になっている(テレビ版では普通の一軒家であった).

『鉄血編』で建築物を強調する画づくりをほのかに匂わせる.
そして,『熱血編』においては,さらに過剰な形で表現される.
代々木体育館東京カテドラル,国立西洋美術館に香川県庁,東京文化会館...
これでもかと日本のモダニズムを代表する建築群が現れるのだ(そのほとんどが丹下健三氏の作品ということも何か理由があるのだろうか?しかしながら,キービジュアルとして登場する東雲アパートメントを見る限り,そこに必然性はないのかもしれない).そして,それはただの背景でもなく一瞬の登場でもない.たとえば,代々木体育館は,阿良々木と羽川が登場する長回しのシーンにおいて,地上から,上空から,遠景から,多彩なアングルで表現されている.

CGで精巧に再現され,彩度を落とした画質で表される建築たちは何を表現するために現れたのだろうか?

ひとつ補助線を引くならば,監督の尾石達也氏は『傷物語』は「山梨文化会館」という,強烈な空間性を持つ建築に出会えたからこそつくることができたと語っている.
ならば,この作品においては「建築」という要素は強い意味を持つのだろう.


アニメにとっての背景

アニメでは,背景の表現方法がその作品の雰囲気を表現するのに強い影響力を持つ.

たとえば,『傷物語』を制作した会社であるシャフトの別作品『魔法少女 まどか☆マギカ』は日常空間と落差のある「魔女空間」という異空間を設計することで,その作品内世界の特異性を端的に表している.

石岡良治氏の著書『批評視覚×マンガ』によれば,

「魔女空間」の効果は,

通常は静止したものとして存在するはずの背景自体も動くことにより,通常のアニメのカットとは異なった異空間をつくり出している

と説明されている.
つまり,ここではキャラクターと同等の存在として背景が扱われている.慣習からずらすことで,その世界の特異性を表しているというわけだ.

また,『アイドルマスターシンデレラガールズ』では異様に引いた広い絵で,背景が細かく描き込まれたシーンが多く見られる.

これは前作『アイドルマスター』とは異なり,この作品が「素人くささの残るアイドルたちの物語」であることを表現するため,アイドルたちを雑踏に紛れさせ,その辺りにいそうな普通の女の子でもあるということを暗に表現しているからであろう.
ここでも背景はキャラクターと等価に扱われることで作品に重層性を生み出している.

このように背景は,作品の雰囲気に強く影響を与える.
であるならば,『傷物語』の建築物を強調する表現は一体なんなのだろうか.
とても強い存在感を持った建築のCGで構成される2.5次元の世界を動き回る2次元のキャラクター.

ここにこの作品の表現の特徴と,この作品で建築が果たした役割を考えてみたら非常に面白いのではないか.
またアニメにおける「聖地」の役割という視点にも敷衍できるだろう(『傷物語』は現実の建築にリソースを得ているが,聖地巡礼という行為はあまり起きていないように見えた.それはそれらの建築がもとの敷地から切り離された状態で表現されているからだろうか).

なぜその風景を選ぶのか,その風景は何を表すのか,こうした視点は景観に対する学問的蓄積と絡み合わせることで興味深い視点を得られる可能性を感じる.

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