技術と変容─『ドローンの哲学――遠隔テクノロジーと〈無人化〉する戦争』

新しい技術が生まれたとき、わたしたちは、それをどのように考えればよいのだろうか。

ドローンは、戦争を、わたしたちの社会をどのように変えるか、フランスの哲学者が多角的に分析し、そこから見えてくるテクノロジーと人間のありようは、誰も逃れられない現実だ。
本書は、これからの戦争を考えるための必読書である!

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大きなプロペラ音を鳴らしながら、飛び立っていく。そして、その姿は次第に小さくなっていき、私たちの肉眼では視認できないほどの距離へと飛んでいく。一方で、それが映し出す映像が送られてくるiPadの画面には私たちの姿・立つ場所、その鳥瞰が鮮明に映し出されている。

仕事柄、ドローンでの撮影に立ち会う場面がある。
何度見ても、この小さな機械が遠隔操作で動かされ、私たちにもうひとつの「視界」をもたらす、という経験は不思議なものである。


本書は、ドローンの中でも、武器を備え殺傷能力を持つ「戦闘用ドローン」を取り扱う。それは私たちの日常では、見られないものだが、確実にこの世界に浸透している。

普通に考えれば、戦闘用ドローンにより、自国の兵士を紛争地帯という危険な地へ送り出す必要がなくなり、人的な損害の危険性も縮減する。メリットが多いように思える。
しかし、戦闘用ドローンが蔓延することは、「戦闘」や「戦争」という概念すら変質させてしまうことに繋がる。

元来、戦争とは「戦闘地域」でなされるものだった。平和な国・時代に生まれた私たちにとってはなおさら戦争は遠いものであった。しかしながら、ドローンにより、より精緻に世界が区切られることになれば、「戦闘地域」というおおざっぱなくくりは意味を持たなくなり、世界すべてに戦闘用ドローンが派遣される世界にもなりうる。

世界は、スクリーン上に3Dで碁盤目上に仕切られた「キル・ボックス」に切り分けられる。軍事作戦は、あれこれの「地域」に向けられるのではなく、こうして細分化された「キル・ボックス」を単位としてなされることになる。これによって「戦闘地域」という考えも時代遅れのものとなり、「戦場」が、地域から家屋へ、家屋から部屋へ、部屋から個人の「身体」へと限定される。かつてのように、不動の「場所」ではなく、─まさしく逃げ回る獲物のように─動き回る「身体」こそが「戦闘地域」となるのだ。
274頁、訳者解題

果ては、世界は「総監視社会」となり、私たちの生活のあらゆる行動は記録され、知らぬ間に管理されることになる。

また、ドローンによる人的損害のリスク低減は結果として「倫理」といったわたしたちの認識にも影響を与える。

自分たちの側にはリスクもコストもなく自由に意思決定できるのだから、軍事暴力の行使にたいして国民の側の関心は低下してゆき、一種の「モラル・ハザード」すらもたらしかねない。犠牲になるのは自分たちではないからだ。
282頁、訳者解題

本書はほかにも多くの問いを与える。法律や国家間の関係、そして人間の心理や道徳の変容。
ドローンの浸透はすでに法整備などのスピードを超え、「名付けられていない状況」を生み出している。

テクノロジーの発展がもたらす多くの変化に対して考えるきっかけを本書は提示する。


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