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「想像力」を鍛える─建築ジャーナル2019年5月号「建築+情報技術=?」

情報通信技術の進歩は目覚ましく、私たちの生活は今やそれらに頼り切っている。建築設計の現場でも手描きからCADそしてBIMへとツールは進化、拡大し、今後ますます情報技術を扱う場面が増えていくだろう。しかし、新しいものへの拒否反応か、情報技術のために失われる「何か」への恐れのためか、いまだ建築界の情報技術への抵抗感は強い。
一度手にしてしまった技術は捨てられないし、情報化の流れは止まらない。手にしたこの技術を、どう使えば社会の幸福につながるのか、リアルな人間のありようを常に考えてきた、建築家が培ってきた能力がいま必要とされている。建築情報学会設立の動きを軸に、「建築+情報技術」の先に何があるのかを考える。

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ちょうど『旧都城市民会館』の3次元スキャンのクラウドファンディングが話題になっている。本書で取り上げられている事例とは少しベクトルは異なるが、これも建築+情報の試みだろう。そんなホットキーワードな書籍を読んだので雑感。


建築情報学がなぜ必要なのか これまでとこれから|渡辺俊

アラン・チューリングを描いた映画『イミテーションゲーム』の紹介に始まり,1960〜70年代,1980〜90年代,2000年代〜と年代ごとの「建築情報学」の動きを追っていく.
本論考では「建築情報学とは」は明確に定義されていないが(そもそも定義され得ないものなのかもしれない),1967年にニコラス・ネグロポンテが組織した「Architecture Machine Group(AMG)」を起源としている.AMGの研究ではすでにBIMに通じるアイデアがあったと書かれており,建築情報学の起源は近年の技術の潮流と地続きになっているのだ,ということを強調するような論考と読める.
全体として「これまで」がコンパクトに整理されており,初学者にとっては非常に易しい文章と言える.

著者は構造・環境分野は不案内であり網羅できてないと前置きしつつも,この論考を読むと年代ごとにCAD,シミュレーション,CG,GIS,BIM,パラメトリックデザイン,VR,MRなど建築情報学に含まれる領域は増大し続けている.また,著者は「Society5.0」が進む日本で,建築学だけが1960年代から大きく変化していないと述べている.
「これから」も技術の発展は続くことを考えると,著者のこうした発言は明らかな「警告」と読めるだろう.


情報技術とこれからの建築家像|インタビュー 中西泰人

「棒」をもった子ども,を例として新しい道具を得た人間が新しい空間のあり方を探求することは自然なことだと説く.

著者は磯崎新氏のICCでの展示「海市」の中のひとつである「インターネット島」のプログラミングを担当した.ここで目指されていたことは

「インターネットによってコミュニケーションの在り方が変わることで設計の方法とプロセスはどう変わるのか」

ということではなかったかと分析する.
当時の技術ではネット掲示板のようなものによるフィードバックに限られたが,現代では物理空間のセンシングなどによりテキストベースの情報以外のものも取り扱えるようになってきた.そうした新たな情報空間をベースにゲームやVRなどの他業界と建築業界の距離が近づいている.ゆえにこれからの時代には建築をベースとして他分野の人たちとチームプレイで物理空間と連動したサービスをつくる,という道筋も建築を学んだ人たちの道程としてあってもいいのではないかと期待が語られる.

丹下健三氏が情報空間に興味を持っていたことは知られたことだが,本論考で引用された

「私はソフトウェアエンヴァイロメントに興味をもちはじめています.それはかたちがうねうねしているといったことではなく,人間と環境の関係が情報的に成り立っていて,相互にフィードバックがなりたつようなそんな環境だと思うのです.」

は今でこそ共感を覚える部分もあるのではないかと感じる(「バーチャル・コミュニケーション」!!)

建築家がかつて描いた大きなビジョンはいまだに有効性を持つものが多い,そうした過去のビジョンを省みつつ,現代・これからの技術から,またどんなビジョンを描くことができるのかを考えるのが建築家にとってより重要で求められる職能のあり方になってくるのではないだろうか.


建築情報学が広げる可能性|豊田啓介

まずはじめに著者は、建築という学問領域が明治以来大きな変化が起きておらず、さらに意匠、構造、計画、歴史、構法、材料、環境...と同じ領域内ですら細分化され、横断が行われていないことに危惧を抱くと述べる。

一方で技術は建築の領域の外で発展し続けている。それは不可逆だろう。その状況に対し、著者は、むしろ発展したデジタル技術を地盤として建築学を再編することを提案する。本記事冒頭で紹介した『旧都城市民会館』3次元スキャンもそのためのひとつの試みであろう。
こうしたデジタル技術を地盤とすることで何が起きるのか?
それは他分野との連携だ。著者は近年、AIやMaaSに端を発した自動車業界など建築・都市にアプローチしようとする建築領域外のプレイヤーが現れ始めていることに触れつつ、現状の建築領域ではそうした分野への門戸が開かれてないと語る。しかし、そうしたギャップを取り払うのがデジタル技術というわけだ。現に『旧都城市民会館』3次元スキャンのクラウドファンディングのパトロンを見ると建築外のプレイヤーも混じっているような気がする。

著者が唱える「コモングラウンド」もそうした意識からくるものだろう。

「コモングラウンド」については筆者なりに考えてみたのが下記の記事だが、おそらく「コモングラウンド」には無数のあり方があると考えられる。そうしたものがこれから現れ始めてくると考えると楽しみだ。

建築領域は技術の発展から遅れていることは目に見えて明らかなようだが、もともと建築や都市が持っている膨大な情報量は技術の発展があってもいまだ扱えていない。そうした背景から、建築や都市領域が蓄積してきた知をアップデートすることで、一気に時代のプラットフォーマーになり得る可能性すらあるのだと本論考では語られている。


「建築情報学」の世界情勢|池田靖史

ある種マニフェスト的な論考が続く後に掲載されるのが池田靖史による「現在の世界」の建築情報学の実践だ。世界的に見れば「建築情報学」というキーワードは2006年のジョン・カマラらによる『Journal of Information Technology in Construction』が初見とされている。しかしながら明らかな変化があったというかというと、著名な大学でもデジタル化は賛否両論で進んでないと冷静に評価している。

ただ潜在的な動きであったこれまでの動きがAAスクールやMITなどで現れてきており、そこでは技術だけでなくデジタル時代の哲学や芸術などの知に踏み込もうとしている点に注目している。
技術が発展することで私たちの認識も変容しつつあり、その変化に対応した新たな学問体系が求められていることは自明なのだろう。


ソフトウエア・ツールマップ|石澤 宰

続く石澤氏の論考はこれまでとは異なり、現在建築・建設の分野で使われているソフトウェアを工程表の時間軸に沿ってマッピングしたものだ。
横軸に「企画」「基本計画」「基本設計」「詳細設計」「生産設計・施工」「FM」、縦軸に「BIMモデル」「標準化資料」「ソフトウェア」と分けられた中で、どのソフトウェアがどの時点まで使われており、どのモデルを参照するのかが明らかとなっている。
筆者は実務の人間ではないので、普段の設計において設計者や施工者など関係者がどこまでお互いのソフトウェアを把握しているのかを想像することは難しいが、こうした可視化はなされていないのではないだろうか?
こちらは公開されているので、気になる方はこちらから(オープン精神!)

おそらくマッピングは困難だろうが、ここに建築・建設分野外の人がどのソフトウェアを使うかなどがレイヤリングされたら、もしかしたら横断連携の一助になるのかもしれないと想像は広がる。


建築と建築情報学|松村秀一

40年前にCADの適用について研究していたという著者。40年前から見て現在の情報関連技術は、根底にある考え方自体は当時から想像できるものであったと述べつつ、計算能力と通信速度の圧倒的な増大については想像できなかったと所見を述べる。

そうした時代に建築分野の人間は計算能力と通信速度の圧倒的な増大に想像力が追い付かなくなってしまっている。「建築情報学」とはそうした状況を打破し、「能動性」を確保するためにこそ立ち上げられるべきと語る。そのために必要なのは、直接的な技術だけではなく、本質を見極めそれらの技術がなにをもたらすかを考える「想像力」だろう。

今、技術の発展の時代に求められているのは圧倒的な「想像力」なのかもしれない。

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