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「不思議の国のアリス」たちのその後─『不思議の国の少女たち』

そこはとても奇妙な学校だった。入学してくるのは、妖精界や菓子の国へ行った、不思議の国のアリスのような少年少女ばかり。彼らは戻ってはきたものの、もう一度彼らの“不思議の国”に帰りたいと切望している。ここは、そんな少年少女が現実と折り合っていくすべを教える学校なのだ。死者の殿堂に行った少女ナンシーも、そんなひとりだった。ところが死者の世界に行ってきた彼女の存在に触発されたかのように、不気味な事件が起き……。

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ヒューゴー賞,ネビュラ賞など数々のSF文学賞を受賞している本作.「不思議の国」に行って帰ってきた少年少女たちのその後を描く.
死者の国に妖精界など戻ってきた子どもたちが体験した世界はそれぞれ違っている.そして,そのことが分類づけされ,言葉が与えられている点が興味深い.

「ここ,いわゆる”現実界”には,東西南北があるだろう?われわれが分類できた門を持つ世界のほとんどでは,それが機能しない.だから別の単語を使っている.ナンセンス,ロジック,邪悪さ(ウィキッドネス),そして高潔さ(ヴァーチュー)だ.より細かな下位の方向,どこかへ行くかもしれないし行かないかもしれないささやかな分岐はあるが,この四つが重要な方向だ.たいていの世界は高ナンセンスか高ロジックだ.そのうえである程度のウィキッドネスかヴァーチューが土台に組み込まれている.驚くほど多くのナンセンス界は高潔だよ.まるで,ささやかな不作法程度の悪意を持つあいだぐらいしか集中力が続かないかのようだ」


作中に「不思議の国のアリス」というキーワードが出てきていることから,本作は明らかにそうした作品を土台にしているのだろう.また,同ジャンルの作品として『ナルニア国物語』も言及される.
当たり前のことだが,『不思議の国のアリス』という作品の中には「不思議の国のアリス」という異世界に行ってしまうお話がその世界に存在することは言及されない.だからこそ,アリスにとってその出来事(異世界への冒険)は何もかもが新鮮で,突拍子もないことに感じられる.
一方で,『不思議の国のアリス』が誕生し,随分と時間が経ってしまった私たちの世界では,そういった異世界が想像されているし,バリエーション化している.
この『不思議の国の少女たち』という作品に多くのアリスたちが存在し,それぞれの世界があり,各々がそれぞれの世界に帰りたがっている状況はまさにそうした私たちの世界のありように近いのではないだろうか.

しかし,彼らの中で異世界に戻れるのはほんの人握りだ.それどころか,彼らの世界は彼らの口や経験を通して語られるのみで作中には登場しないため,私たちは彼らの親のようにそんな世界が本当に存在するのかと疑惑を抱きながら読み進めることになる.複層化した奇妙なリアリティを感じた作品でした.

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