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「非物語」たちが構成する「物語」─『〔少女庭国〕』

卒業式会場の講堂へと続く狭い通路を歩いていた中3の仁科羊歯子は、気づくと暗い部屋に寝ていた。
隣に続くドアには、こんな貼り紙が。卒業生各位。下記の通り卒業試験を実施する。
“ドアの開けられた部屋の数をnとし死んだ卒業生の人数をmとする時、n‐m=1とせよ。時間は無制限とする”
羊歯子がドアを開けると、同じく寝ていた中3女子が目覚める。またたく間に人数は13人に。脱出条件“卒業条件”に対して彼女たちがとった行動は…。扉を開けるたび、中3女子が目覚める。
扉を開けるたび、中3女子が無限に増えてゆく。果てることのない少女たちの“長く短い脱出の物語”。

***

全然あらすじ知らずに読んだけど、とんでもない奇想小説だった。
あらすじに書かれている羊歯子の話が書籍タイトルにもなっている「少女庭国」であり、その話自体は全体の1/4くらいで終わる。
そのお話は、ある少女が目が覚めると、見たことのない部屋にいて、そこには「殺し合いをせよ」とほのめかせるような貼り紙があり、、、というように『ソウ』よろしく無慈悲なデスゲームの典型とも言える物語が展開される。しかしながら「ふむん?」というような面白げな展開になり、楽しみに思いながら読み進めていると、なんとそれなりなクライマックスを迎えて、唐突に終わってしまう。

デスゲーム後が描かれるのかと思ったら、そのあとに延々と続く「少女庭国補稿」。そして、これがこの本の本題であったのだ。
「少女庭国補稿」では、羊歯子と同じ卒業生たちがどのような末路をたどっていくのかが淡々と羅列されていく。少し引いてみよう。

一 安野都市子
講堂へ続く狭い通路を歩いていた安野都市子は気が付くと暗い部屋に寝ていた。部屋は四角く石造りだった。部屋には二枚ドアがあり、内一方には貼り紙がしてあった。
貼り紙を熟読した都市子はドアを開け、隣室に寝ている女子を認めるとこれを殺害した。

二 奥井雁子
講堂へ続く狭い通路を歩いていた
奥井雁子は気が付くと暗い部屋に寝ていた。部屋は四角く石造りだった。部屋には二枚ドアがあり、内一方には貼り紙がしてあった。
貼り紙を熟読した雁子はドアを開け、隣室に寝ている女子を認めると襲いかかった。寝込みを襲ったため当初は雁子が優勢だったが、やがて抵抗され返り討ちにあった。

およそこのような徹底的に客観的な筆致で進んでいく。

延々と続いていくこの筆致にひるみながら読み進めていくと「加藤梃子」の回にきたときに「おや?」という内容が展開され始める。
梃子の回では「殺し合い」が行われず、梃子はひたすら扉を開け進んでいくのだ。開け進めていくにつれて、永遠に終わらない世界に疑問を覚えた一部の卒業生は扉以外の脱出方法を探る「発掘班」となり、新しいルートを開拓していく。
この世界では扉を開けるたびにあたらしい卒業生が増えていく。やがては卒業生は数千人となり、その人口維持の問題が発生する。その先にあるのが、はじめは食糞、そして殺し合いののちの食人だ。
梃子の話は終わり、別の卒業生のルートでは奴隷制度が発達し、別の卒業生ルートでは学校ができ、畑ができ、、、というように各々が文明を発達させていく。
最初から「衣服」や「文字」を持つ文明はいびつに発達し、奇妙な世界をつくり上げていく。

まとめてみると、「少女庭国補稿」の大部分では、いわゆる「学園系密室デスゲーム」のデスらなかった人たちがどうなるのかということがメタ的に描かれている。
試験を呈する側から与えられた条件を達成しない限り、その世界からは抜けられない。そして、抜けられないならその世界で生きていくしかない。そうしたことを真面目に(そして徹底的に奇想的に)描いてしまうことで、脱ストーリー化してしまった物語たちを物語化してしまっている。

しかしながら、これらは単純な「物語」ではない。作者は文明が長く続こうとも変わらず徹底的に客観的な筆致で描き続け、ひいては文明(そして、その発端となった「卒業生」)はぶつっといなくなってしまうのだ。

「大きな物語」どころか「小さな物語」すら否定しながらも「物語」として成立させてしまう点で本作品はとても興味深かった。

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