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「無責任」なファンタジー─『製造人間は頭が固い』

人間を生物兵器・合成人間に造り変える力を持つ“製造人間”ウトセラ・ムビョウ。彼を説得してその能力を発動させようとした人々を、ウトセラは独自のロジックで翻弄していく―“無能人間”の少年コノハ・ヒノオに始まる双極人間/最強人間/交換人間との邂逅、そして奇妙な論理で導かれる結末とは…“ブギーポップ”シリーズの裏側を明かす、異能力者たちによる新対話集。書き下ろし「奇蹟人間は気が滅入る」を収録。

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言わずと知れた『ブギーポップ』シリーズの前日譚、と言ってみるもじぶんはブギーポップシリーズを読んだことがないので、なんとなくパラパラと読んだ。

特殊能力を持つ合成人間たる存在の生みの親が、製造人間であるウトセラ・ムビョウという人物であるということなのだが、
この人物やたらとくどくどとセリフがとにかく長い。
製造人間は世界の命運を握りながらも、一切自分の価値を信じていない。だから、彼を動かすときはその価値を認めさせる必要がある。

あなたに限らない。ヤツと対面する者は、世界にどんな価値があるのか、人間はなんのために生きているのか、そのことの意味をアイツに説明して、説得して、論破しなければならない─何故なら、アイツは反論するだけで、自分ではなんにも決めようとしないから。それが製造人間の基本的なスタンス。

掴みどころがない、といえばそれで終わりなのだろう。だけど、この態度はなんだろう、と思っていたら、作者のインタビューにこんなことが書かれていた。

上遠野 その時からびっくりするぐらい進歩がないので、我ながらあきれます(笑)。ずっと敵って何? ということを考え続けている感じはありますね。ウトセラ先生は、敵を見いだせたら楽だと思っている。

――敵だらけの状況が楽ですか?

上遠野 ウトセラの場合は、自分が生きていることに対して懐疑的です。敵に殺された時、それは敵に負けたことになるのかどうかも決めていない。もしかすると、現実もそんな空気になっている気もします。

勝ち負けを決めているといいながら、何に勝てばいいのかよくわからない。文明が明らかに進歩して、夢のような世界を手に入れたのに、このモヤモヤした、むしろ昔にあこがれかねない空気はなんなんだろうな? と。昔の人間は貧乏と戦って勝ってきたはずなんだけど、気がついたら勝っていないような感覚。かつ、扇動者に踊らされるポピュリズムみたいなものが世界中で問題になる。ごちゃごちゃしたものに対して、ウトセラ先生のような無責任で現実など知ったこっちゃないという存在は、憧れの対象になりますよね。

なるほど。ウトセラの姿勢は「敵」が見えにくくなってしまった現在に対するシニカルな態度ととらえるならば、なんとなく分かる。そして、それはとても現代的なテーマである。
『ハーモニー』でも「敵」が見えにくくなってしまった状況に対しての葛藤が描かれている。

作者はこの作品を「無責任」という意味のファンタジーと位置づけている。そう考えると、製造人間は読者の代弁をするような存在で、「無責任」な立場で物語の登場人物に問いを突き付ける立場というわけだ。

子どもが死にかけているときに無条件にそれを救うことが当然だと思っている登場人物たちに「なぜ、死にかけている子供を救わなければいけないのか?」と製造人間は問う。

そうして、登場人物がセオリー通りに進めることに製造人間が問いかけることで逆説的にファンタジーが浮かび上がってくる。そんな作品だと感じた。

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