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いったいどうなってんの!?─『WTF経済 絶望または驚異の未来と我々の選択』

人工知能、自動運転、オンデマンドサービス、ギグエコノミー、補助拡張された労働者など、最先端のテクノロジーがもたらす予想もできなかった事物によって、ビジネス、政治、そして「職」はどう変わっていくのか、また、人間中心の未来を作っていくために、我々はどんな選択をするべきなのか。出版、カンファレンス事業で、テクノロジーのトレンドを先取りし、「シリコンバレーの予言者」と称される著者が、オープンソース・ソフトウェアを中心にしたテクノロジーの歴史と、それが社会に与えてきた大きな影響を振り返り、そこから学んだ経験をもとに次世代ビジネスの戦略を伝授する。エンジニア、起業家、そしてテクノロジーに関わるすべての読者必読の書。

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書店のコンピュータ関係の書棚に行くと、なぜか動物の絵が表紙の書籍がずらりと並んでいる。
古い動物の銅版画の絵を冠した各種プログラミング言語などのシリーズ本はその業界なら知らぬ者なしの超有名シリーズだ。常に時代の最先端をフックアップした書籍を出版し続けているオライリー社のトップ、ティム・オライリーが本書の著者だ。


「What the Fuck!?(いったいどうなってんの!?)」

オライリー社がなぜ長い間、そのようなことを続けることができたのか、訳者である山形浩生氏が簡潔に説明してくれている(この解説を読めばだいたいの内容はわかってしまう)。

・著者とその同志デール・ダハティが、Unixのスクリプト活用により入稿から出版までの時間を大幅に短縮し、すばやい刊行を実現。
・出版事業とカンファレンス事業の相乗効果。先端的なネタが熟すのを待つのではなく、その筋で話題になっているトピックの主要人物を集めてイベントを開催し、ムーブメント化することで自ら市場を作り出す。
・ティム・オライリー(とその仲間たち)の嗅覚。

訳者解説より

本書を読むとティム・オライリーの嗅覚のすごさ、そして、それがもたらされるまでの思考の過程を追うことができる。果ては技術の発展がもたらす社会的影響にまで展開し、ある種、預言書めいた内容にさえ感じられる。そうした構成は著者が社会が抱えている「課題」を解決することが重要なことだと考えているからだろう。

本書のタイトルである『WTF経済』の「WTF」とは

原題『WTF?』は、感嘆表現「What the Fuck!?」の略で、口語ではかなり普及しているとはいえ、結構お下品な表現ではある。そして日本語の「ヤバイ」と同じで、当初は悪い意味ではじまったけれど、だんだんよい意味でも使われるようになってきた。原題はさらにそこに「What's The Future?」の略も兼ねさせるという、いささか翻訳者泣かせの仕掛けまでほどこしている。これを完全に訳しきるのは不可能なので、ご覧のような処理にさせていただいた。
訳者解説より

ということらしい。
「What the Fuck!?(いったいどうなってんの!?)」という新しい技術がもたらす驚きを社会を進歩させていくためのものとしての驚きに変えていこう、というのが本書の姿勢だ。


未来への指針

著者がかつてインターネットやオープンソースの発展などの際に培った思考アセットが惜しみなく公開され、世の中を見るための指針ともなり得る。

ほとんど常に、未来を見たければ主流が提供している技術ではなく、周縁部のイノベーターたちが提供する技術を見なければならないだろう。
教訓は明らかだ。未来へのガイドとして、好奇心と驚異を使おう。その驚異の感覚は、あのイカれたマニアたちが、あなたには見えないものを見ているということなのかもしれないのだから...。そしていずれあなたにも、それが見えるかもしれない。
未来は単に想像されるだけではダメだ。実際に作らねば。
現状は保護する価値などない。反動側になり、防衛的になり、過去の世界のために戦うようになるのはあまりに簡単だ。もっといいもののために戦おう。まだ見ぬもの、まだ発明されていないもののために。


世界は確実によくなってきていて、そして、よくなっていく(よくしていける)

さて、本書の調子は山形氏が述べるように「テクノ楽観主義」と言える。世間的には批判されることも多い「GAFA」が世を席巻している状況に対して、APIを公開し、さまざまなプレーヤーが多様なサービスをつくれるようになったという意味で、それらの企業はプラットフォーム性とオープン性を獲得するに至っていると述べるし、ウーバーなどはインターネット的な仕組みを実際の都市に持ち込み、経済を変えるインパクトを持つようになっていると述べる。

それらが今抱えている問題の多くも規制や経済の在り方、さまざまな課題はあるだろうが、私たちの選択次第でよくすることもできるし、アルゴリズムによって改善することもできる。
世界は確実によくなってきていて、そして、よくなっていく。こうした語り方はマット・リドレーの『進化は万能である』を思い出す。


本書でフューチャーされているウーバーがもたらす「ギグ・エコノミー」(インターネットを通じて単発の仕事を受注する働き方や、それによって成り立つ経済形態)については、ジェームズ・ブラッドワースの『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』(未読)のような実態を描いた上で、批判する主張も見られる。

しかし、本書では高度な勤怠管理ツールにより、従業員の労働時間を調整し、社会保険や福利厚生から逃れようとする進化したブラック企業の例などを挙げながら、ギグ・エコノミーのメリットを語る。
実際問題として、上記のような問題はあるのかもしれないが、一方で別の問題も存在している。一方だけを見ていたらいつの間にか世の中が変わっていた...なんてことになるのかもしれない。

その視点から出てくるウーバーに触発された新しい社会へのビジョンも、ティム・オライリーならではの説得力を持つ。オンデマンドで労働者が自発的に働く、通称「ギグエコノミー」については、批判的な見方もあるし、また限られたものだからあまり過大な期待をすべきではないという声も強い。でも、パソコンもインターネットも、オープンソース・ソフトウェアも、キワモノ扱いされているうちに、いつのまにか天下を取った。そうした動きを先取りした著者の指摘は、一概に無視できるものではない。
訳者解説より


選択するための観察の重要性

著者が引用するグーグル主任エコノミスト、ハル・ヴァリアンの「未来を理解したければ、いまの金持ちがやってることをみればいいんだよ。」という言葉も非常に示唆に富んでいる。
本書の内容は多岐にわたる。しかしながら、それらひとつひとつが非常に示唆に富んでいるのだ。

結局のところ著者が主張する

「大きな経済変革の時代に、それをテクノロジーのせいにするのは簡単だ。だが問題もその解決策も、人間の選択の結果なのだ。」

が重要だと感じられる。そのためには常に冷静に情熱的に判断できるような不断の観察が必要なのだろう。



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