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【九州在来種の香酸柑橘を求めて:vol,3】日向市発祥の香酸柑橘へベスを追え!

九州在来の香酸柑橘を追う旅の締めくくりは、温暖な気候と緑深い山々、そして琉球列島から日向灘にいたる世界最大の海流・黒潮が踊る宮崎県日向市へ。日豊海岸国定公園の南端に位置するリアス式の海岸の眺めは壮観です。日向の海はサーフィンのメッカとしても知られており、年間通じて県内外から多くのサーファーたちが訪れます。
そんな生命力みなぎる日向で生まれた幻の香酸柑橘「へベス」は、地域では欠かせない味わいです。

降り注ぐ太陽の光と恵みの海が育む、地域のゆたかな食文化を訪ねました。


雄大な自然のパワーみなぎる至宝の柑橘

沿岸沿いの温暖な気候にはぐくまれた宮崎県日向市。太平洋を望む雄大な自然が訪れる人を迎えます。
ふらりと立ち寄った「馬ヶ背展望所」では、約70メートルの高さの断崖絶壁から見下ろす柱状節理が圧巻で一見価値あり! 眼前に広がる島と太平洋のコントラストの絶景は、時間を忘れて楽しめます。
また、願いが叶うと言われる十字の形をした「クルスの海」など、ここにしかない景色が広がっています。

さて、ここからが本題。日向に伝わる幻の柑橘へベス。柑橘特有の爽やかな酸味だけはなく、甘味や旨味、コクがある奥深い味わいのへベス。
魅力あふれる柑橘でありながら、これまで全国区で知られていなかったのは生産量が少なかったため。現在も県外への出荷はごく一部に限られているそうですが、日向を訪れたならここでしか出会えないへベスの味を思い切り堪能したいものです。

スダチよりも玉が大きく、香り豊かでユズより皮が薄い。
種が少なく果汁たっぷりのへベスは、まさに香酸柑橘のいいとこどり!

名前の由来は、江戸時代末期に地元農家である長曽我部平兵衛さんが、山に自生する木から広めたことから。「平兵衛さんの酢」が転じて「へべす(平兵衛酢)」と呼ばれるようになったとか。
そんなへベスの活用法は、実に多彩です。
まろやかな酸味が魚やお肉の旨みを引き出し、爽やかな香りは和菓子や洋菓子にも合う。大粒の実から溢れる果汁は、地域の自慢の柑橘です。優れた殺菌効果を持つ酸味は、塩分の取りすぎ防止にも役立つ、体にいい素材として注目を集めています。

へベスは、生き物。愛情をかけて育んで

祖父の代から開墾してきた山手の土地で、農業を営む坂本万善(さかもとまんよし)さん。海を眺めるこの場所では、以前は小麦やさつまいもなど、生活に密着した食物を育ててきました。
へベスをはじめ、不知火やポンカンなど本格的に柑橘の栽培を始めたのは、坂本さんの代になってから。「温暖で潮風があたるこの場所は、柑橘がよく育ちますね」と話す坂本さんは、地元の農協を59歳で早期退職。農業の道を極めるため、農協時代に培った知識をベースにさらなる研究を重ね、現在は後継者育成にも精力的に取り組んでいます。

自らの仕事には厳しく、人と自然にはやさしい坂本さん

「1度はじめたら、徹底して取り組まないとすかん方」と自らを称する坂本さんですが、その丁寧な性格は、庭や畑を見渡せば一目瞭然。畑を数歩歩けば蜘蛛の巣にあたるほど、頭上に張り巡らされた蜘蛛の巣は「益虫やからそのままでいいが」と笑います。
手入れの行き届いた庭と、柑橘の樹木が心地良さそうに根を張る畑。「畑にわたしの代で植えたもので、古いものは昭和61年に植栽しました。中には祖父の代に植えた80年ものの樹もありますが、今でも100kgほど収穫できますよ」と坂本さん。
陽の光が均等に当たらなければ、柑橘は色づかず糖度も上がらない。そのため必要に応じて植え替えをしながら、それぞれの木を丁寧に育んできたそうです。

「1本1本に太陽の光があたるように植え替えた」というへベスの木が
ジグザグに立ち並ぶ坂本さんの畑

坂本さんがひときわ大事に育てているへベスは、かつてこの地域で嫁入り道具のひとつとして持たせていたほど暮らしに欠かせないものだったとか。本格的にへベスの栽培をはじめたのは「手がかからないと思ったから」。
ところが、いざ栽培をはじめてみると、柑橘特有のかいよう病や黒点病など、とても手のかかるものだったと言います。当時は収益が思うように上がらない日々が続いたそうです。売れるかどうかにかかわらず、どんなものでも手がかかるものほど愛おしさは増すもの。
「一果でも無駄にしないように、果汁にするなど加工して使い切ります」と話す坂本さんは、焼酎に絞って毎日その果汁を味わっているそうです。

収穫を終えた冬の間、へベス畑で行う大事な作業は剪定。間違うと来年の着果量に影響するため、慎重に作業を進めるのだとか。
「生き物じゃからその時の状況を的確に把握して、素早く対処することが大事。それを心がけんといいものはできん」と言い切ります。

種は少なく、大粒の実からあふれる果汁が自慢。
料理やドリンクなど幅広いメニューに合わせてその味わいを楽しんで
日向市内の飲食店で出会ったチキン南蛮。
希望者には別添えでへべす果汁を提供。
酸味の効いたへベス果汁で味変を

20年前の悔しさをバネにより良い農を営む

ある時、吉祥寺の店がへベスに注目。へベスを使ったメニュー販売したところ人気に火がつきました。県内でもあらためてその価値が見直され、今では宮崎県から全国へ、へベスのおいしさをを広めようという動きが始まっています。
坂本さんは、へベス栽培のスペシャリストとして、栽培方法の指導を行ったり、県とともにへベス栽培の研究に取り組んでいます。食と人、環境の安全性に配慮しながら、地域に根ざした品種の魅力を後世に伝えるために尽力しています。
「自分の満足いく結果が得られた時の達成感は、何ものにも変え難いですね」と満面の笑みを浮かべる坂本さんは、今ある畑でより良い農業を営むことが目下の目標だと言います。

「20年前、県外を訪れた時にへベスの存在はほとんど知られておらず、スーパーでカボスとして売られていたことがありました。
あの時の悔しさと言ったら。あの日以来、出張に行く際には必ずへベスを持って行くようになりました」と語る坂本さん。
たゆまぬ努力のその先に、故郷への熱い思いが滲みます。黒潮海流と山々の恵みを享受する日向のまちの至宝・へベス。素朴だけれど、中身は驚くほどみずみずしく香り高いその実は、実直に朗らかに、自らが描く理想の農に励む坂本さんの笑顔と重なって見えました。

佐賀・鹿児島・宮崎の3県をめぐりお届けしてきた「九州在来種の香酸柑橘」を訪ねる旅は、今回でラストとなります。
私たち農作物劇場は、これからも地域に根ざした野菜や果物の取材をつづけ、見慣れた食卓に新鮮な光をお届けします。さて、次回はどんな青果物に出会えるのでしょうか。お楽しみに!


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