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86

昨年の今頃、心が折れた。

1年と半年ほど前に就職した、ホームページ制作会社での勤務中に、人事担当者に退職の意思を伝えることになった。

入社してから続いた過酷な作業と、支社の都合で移動してきた上司の罵倒のせいで、下痢が止まらなくなっていた。
睡眠も不安定になり、布団に入っても眠れない日が多くなった。
しかし食欲は減ることなく、かなり過食気味になり、太った体で終電に間に合うように地下鉄の駅まで全力で走る日々が続き、精神的にも肉体的にもかなり消耗していた。

そんな中、その数日前に支社に顔を出した人事担当者の前で、上司から盛大に叱責を受けていた僕のことを心配してくれたのか、本社に帰った人事担当者が僕にメッセージを送ってくれた。

その返信が、退職願となってしまった。

それから2週間ほどで退職となった。
正確には、有給休暇の消化と傷病休暇を経た後で退職という形になったが、残務処理として2週間ほどで、やりかけの仕事を終わらせ、職場を後にした。
僕の退職が、本社や他の支社にも伝わったせいもあって、何人かから退職や体調を労るメッセージをいただいた。
とても嬉しかったが、反面、この職場を離れなければならないという現実がとても心苦しく、また悔しくもあった。

最終日、総務の方が支社に来られて、今後の話をしてくださった。
社長からもお別れの挨拶を電話でくださり、その日の天気の話題から「福ちゃん、これは涙雨だよ」と、寂しげにおっしゃられていた。
陽気な方で、楽しいお酒が好きで、快活な方だったが、その日の声は、なんだか寂しそうで、同じ人とは思えなかった。

まあ、そんなこんなで、僕はその会社を後にした。

およそ80

なんとかしたかった。

最後の出社からひと月経ったが下痢は止まらず不眠も続き、生活にリズムは乱れたまま。
過食気味だった食い意地だけは治った。
そのことが幸いして、体についた贅肉は徐々に減っていき、体が軽くなってきた。
それは素直に嬉しかったが、精神的には安定せず徐々に生活もままならなくなり、何とかして働かなければならなかった。

それから2ヶ月ほどが経ち、内装補修のアルバイトを見つけた。
完成前のマンション現場で、施行中についた傷などを補修して、パンフレットの写真のように綺麗な室内に整える仕事だ。
全く方向性も違う、未経験な仕事であったが、紹介サイトの「50才代も活躍中」というコピーと、ちょっとした興味もあって応募してみたところ、何事もなく採用された。

それから夏が来た。
実習を受け、現場での実地訓練的な作業を経て、1人現場が始まった。
体重計に乗ったら、また体重が減っていた。

71

お盆くらいから、仕事が来なくなった。

最初は「2月は逃げる。8月は休む」と親父も言っていたし、例年仕事が薄くなる時期なのだろうと思っていたが、9月になっても仕事が振られる日は増えず、半月で6件程しかお声が掛からなかった。
7月の3分の1以下の勤務数だ。

「これじゃあ食っていけない」と、別の仕事を探す決意をした。

体重計に乗ったら、目を疑うほど軽くなっていた。
空調の効かない工事現場で1日中汗だくになって働いていたからだろう。
スケジュール的に時間がなければ休憩や食事の時間を削らざるを得ないというのも、原因かもしれない。
体力も以前よりはつき、長時間立っていても疲れを感じることはなくなった。

そして、67

そして今日、数週間ぶりに体重計に乗った。
デジタルの数字が表示したのは67kgほどだった。

現在、某大手企業の工場で、出荷業務(荷造)をしている。
自分の体重とほぼ同じか、それよりもかなり思い荷物を、転がしながら移動させて、パレットに積み込むのが主な仕事だ。

ホームページを制作している頃と比較すると、かなり朝早く家を出て、体力的にもかなりしんどい仕事ではあるが、あの気違い染みた残業も自発的に出社していた休日の作業もなく、上司のかん高い叱責の声もない、精神的にはゆとりある職場だとも言える。

給料自体は決して良くはない。
ないんだけども、格安の社食と通勤に使っている道の景色が気に入っている。
なんでもかんでも金勘定にしたい人には決して理解できないだろうが、コーディングしながら啜るカップ麺よりも、ちゃんと仕事を切り上げて、食堂で食べるちゃんとした食事というのは、比較にならないほどありがたいものだ。
そして、満員電車でスマートフォンを眺め続けるよりも、自分で運転しているオンボロ車からみる空の景色は何倍も素敵なものだ。

それまで、「したいこと」を仕事にしてきた。
でも、年齢的にそれが難しいと感じ、他の方向性を探してみた。
いわゆる「ガチャ」っぽい仕事の決め方になってしまったけど、あまり後悔はしていない。
何故なら、「したいこと」をしてきた時よりも健康になった気がするし、それまで気がつかない空の色を知ることもできたから。

体重計の数字はかなり減ったけど、その分得られたものも多かったんだ。

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