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【第9話】美都だけが思いっきり“人間してる”!?――正しい規範と正しくない欲望に引き裂かれる『あなそれ』の登場人物たち

●麗華の“正しさ”が皆美を追いつめ、凶行に走らせた?

前回、マンション中に「301号室の渡辺美都はW不倫の最低女。バカ女に制裁を。」という中傷ビラが撒かれる、ショッキングなラストを迎えた第8話。最終回直前にして、まだケレンみ溢れる展開をぶち込んでくるアグレッシブな姿勢には、シビれるばかりだ。

そして第9話、案の定マンション住人から好奇の目で見られる美都(波瑠)だったが、涼太(東出昌大)は「みっちゃんは今まで通りにしてて」と彼女の手を握り、住人たちに自ら挨拶して円満アピール。ここにきて、急に涼ちゃんがマトモないい人に見えてくるマジックだ。

しかし、中傷ビラの被害はマンションだけにとどまらず、美都の勤務先である武蔵野歯科にまで及んでいた。すわ、犯人は一体…? という展開なわけだが、前回、美都の名刺をしれっと入手していた有島の隣人・皆美(中川翔子)か、涼太・美都夫婦をしきりに別れさせたがっている涼太の同僚・小田原(山崎育三郎)のどちらかに、候補はあっさり絞られるだろう。

そんなに引っぱる謎でもないはずなのだが、美都に「困ったことあったら何でも言ってください」と思わせぶりなLINEを送ったり、中傷ビラの件を相談すると「ああ、これはひどいですね」とやたら不審な棒読みをするなど、物語はなぜか小田原も犯人候補かもね、と言いたげな展開が目立つ。

そもそも、あれだけさんざん涼太とのBLフラグをビンビンにおっ立てておきながら、前回、美都の母・悦子(麻生祐未)に「それとも、好きとか?」と聞かれて「何言ってるんですか」と動揺してみせたり、やたら美都の心配をして世話を焼く場面を差し挟んで、「どうしてそんなに親切にしてくれるんですか?」と美都に言わせたりするなど、今さらになって“小田原が好きなのは、涼太、美都、どっちなの?”みたいな感じを唐突に出されましても! こちとらもう完全に涼太×小田原でスタンバってますから! としか言いようがない。

私なんか、あまりにわかりやすく引っぱるもんだから、「あー、これはBLフラグで腐女子をミスリードしておいて、結局は美都が好きでした…っていう肩すかし展開なのかな」と、半ば早合点していたくらいだ。

だから、小田原が「俺は、涼太が好きなんです。あなたよりもずっと、ずっと前から」と打ち明けたときも、「衝撃の告白!」とはならずに、「うん、でしょうね!」という気持ちでいっぱいだった。そもそも、同性愛の告白を「衝撃」とか言ってしまうのも、きょうびどうかと思うしね。

だが、小田原の次の台詞には考えさせられた。

小田原:「お天道様が見てても見てなくても、俺なんか、どんだけ正しく生きてても報われない。結婚なんて贅沢。望みもしない。人の気持ちを一生欲しがるなんて、どんだけ欲張りなんだよ! ほんと…ほんとに2人とも欲張りすぎて、腹が立つんだよ!」

前回、悦子に対して語った「俺は誰かに愛されたいと思うほど、欲深くありませんから」という台詞の意味が、ここでちゃんとつながるわけだ。まともに同性婚すら認められていない状況で、「人の気持ちを一生欲しがるなんて、欲張りだ」という彼の叫びは切実だ。

結婚という制度を盲信して、当たり前のように相手の気持ちを一生自分に縛り付けておくことができると思っているなんて、確かに私たちはなんて傲慢なんだろうか。個人的には、不倫を無条件にバッシングする前に、婚姻届という紙切れ一枚で、なぜパートナーの恋愛感情を排他的に独占していいことになっているのか、ということを、私たちはもっと考えてもいいのではないかと思う。

話がそれたが、というわけで中傷ビラの犯人は、皆美で確定である。最初は、ちょっとうざい脇役程度に思っていた皆美が、まさかこんなにドラマの中核を担うエキセントリックな存在になるなんて、おじさんびっくりだ。

それにしても、気になるのは皆美がそこまでする動機である。ここにきて、有島と美都の不倫をつかんでいたことを初めて麗華に打ち明けた彼女は、「気付いてるんでしょ? かわいそうに。有島さんも有島さんで大変だったんだね。つらいことあったらなんでも言って」と、急に馴れ馴れしい態度で麗華にすり寄る。

自分にはない自信たっぷりの強さと正しさを持つ麗華に、これまで憧れと同時に劣等感を抱いているように見えた皆美だが、夫の不倫という“弱み”を握ったことで、ようやく対等に立てたと思っているようにも見える。中傷ビラを撒いたのも、「有島さんのためなら」「私は、有島さんの味方だから」と、恩着せがましい。

「天罰よ、天罰! うふふふ」と嬉々として語る皆美に、麗華はこう指摘する。

麗華:「気付いてます? あなた、さっきからずっと笑ってるの。人を罰するのは、爽快ですよね。私のためじゃない

これ、不倫報道された芸能人を執拗にバッシングする世間の大衆(つまり、私たち視聴者のことだ)への批判ととらえることも可能だろう。

だが、そんな“正論”に対して、皆美は次のように逆ギレするのだ。

皆美:「正しい。そうよ、ストレス解消。でもいいじゃない! それであの女が痛い目に遭うなら! 浮気されてるクセに正論吐いて、バカみたい! 有島さんといると、苦しくなっちゃうの。優しくて子煩悩な旦那さんがいて。私が愚痴ると、学級委員みたいに当たり前のこと偉そうに!」
麗華:「そういうつもりじゃ…」
皆美:「旦那と話し合えなんてわかってる! でも、自分とイヤイヤ結婚した人と話し合うのが怖いの! 有島さんには、こんな気持ちわからないでしょ? わからないだろうね!

前回、私が指摘した通り、誰かの“正しさ”は、別の弱い誰かを追いつめる“強さ”になりかねない。麗華の正論は、モラハラを受けて自尊感情が地の底に落ちている皆美にとって、自分の努力が足りないと責められているような気持ちになってしまうのだ。

そして、有島が美都との気楽な不倫に走ってしまった理由も、まさに同じだったのではないだろうか。決して感情的にならずに、事実を指摘するだけの、学級委員のような麗華の正しさ。有島にはそれが息苦しかったのだと思う。

麗華は、美都のマンションに中傷ビラを撒かれていることを告げ、「光軌は心配よね、優しいから」といつものようにイヤ〜な皮肉をぶつける。だが、俺はもう会う気はないと返す有島に、こうも言うのだ。

麗華:「でも、あの人を心配しないあなたもイヤ。優しいって、なんなのかしらね?

麗華は、誰にでも優しくすることができる有島の“正しさ”が好きなのだ。だが、その優しさは彼のチャラい浮気性な気質と表裏一体でもある。本当は、その優しさを自分だけに向けてほしい、私だけを特別扱いしてほしい。でも、そんな感情的で矛盾した“正しくない”ことは言えないのだ。

“何があっても美都を愛し続ける”という“正しさ”に縛られた涼太に似て、麗華もまた、自らの“正しさ”で自分自身をも縛ってしまう人なのかもしれない。

●安全圏から不倫をバッシングする視聴者にも向けられる批評性

“正しさ”の息苦しさに自縄自縛になって引き裂かれているのは、涼太や麗華だけではない。実は、私たち不倫ドラマを楽しんでいる視聴者もまた、矛盾した欲望に引き裂かれているのではないか。

美都の親友・香子(大政絢)を通じて、このドラマはそんなことも指摘している。

香子といえば、第5回で言及した通り、罪悪感を持たない不倫に走る美都に、正論でズバズバと説教し、視聴者の溜飲を下げる役割を果たしていた。

そんな香子が、ネットの中傷を心配して武蔵野歯科を訪れた際、医師の花山(橋本じゅん)にこう語るのだ。

香子:「本人には絶対言わないけど、どこかで羨ましいって思ってたのかも。間違った恋に突っ走れるなんて、思いっきり人間してんなあって」
花山:「確かに人間してるよね、三好ちゃん」
香子:「だから説教してたんです。気持ちいいんですよ、自分が絶対的正義の立場から説教するの。でも、つまんないこと言ってんなあ私、って

絶対的正義の立場という安全圏から、不倫という絶対悪を叩きのめす。先ほどの皆美と同様、これってまさに不倫報道のあった芸能人をバッシングしたり、『あなそれ』の美都を憎むあまり、それを演じる波瑠に批判や嫌悪感を投げつけたりする視聴者を、メタ的に批判していると言えないだろうか。

「それって、単に気持ちいいからやってませんか?」「羨望や嫉妬の気持ち、ちょっとはありませんか?」と。

香子の「間違った恋に突っ走れるなんて、思いっきり人間してんなあ」という言葉が、第3話の「優しいから、いい人だから好きになるほうが、心に餌もらって懐いてるみたいで、動物っぽくない?」という美都の台詞へのアンサーになっていることにも注目したい。

合理的なメリットや道徳的な規範といった“正しさ”ではなく、不合理で不道徳な“間違った”道を選んでしまうことこそが、人間の特権であり、人間性の証であると、美都は言っていたのだ。そして、それを香子が認めていることが興味深い。

“正しさ”にとらわれて、自分の素直な感情にフタをしていると、人間性を損なってしまう。

“感情のないモンスター”と化していた涼太が、第9話の途中から物語上やることがなくなって、ただひたすらずっとランニングさせられていたのは、人間性を取り戻すための修業だったのかもしれませんね(無理やり)。

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【2019年の福田から一言】
この回までで言いたいことはだいたい言い尽くしましたね。この回、途中から東出クンがストーリー上やることなくてずっと走らされてるだけなの、ほんと笑ったなあ。

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