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ただいるだけでいい?

君は存在しているだけで美しいんだ、なんて安っぽいセリフのようだけれど、私の亀に対する気持ちはそれだ。

パソコン作業にあきて、ふと水槽に目をやるとレンガの上で甲羅干しをしている。こんもりとした山のシルエットを見た瞬間、心が温かくなる。

甲羅を構成するピースは1枚ずつ形が違う。左右対称にはめ込まれパズルのようだ。生きるために作られた形は無駄がなく調和がとれている。

あるいは爪。茶色のグラデーションが美しい。先は細くキンキンにとがっている。そして関節は柔らかくて、ひっくり返しても平気な顔をしている。

夜はレンガから後ろ足をたらして眠る。力がぬけて、水かきの部分が水中にたらんと垂れている。無防備な後ろ姿がいとおしくて起こしたくない。

最近、朝、水槽のガラスに甲羅をぶつけて音をたてるようになった。明るくなっても餌をくれない私を起こすためだ。水槽が寝室にあるので、少しでも体を動かそうものなら、察してさらに激しく音を立てる。こちらもわざと足を動かしてフェイントをかける。期待が外れた亀はしばらく大人しくなる。私は秘かに笑う。

いるだけで完璧な亀が私という人間と関係している!

人間も時にこんなに美しいのだろうか。生きぬくために作られた形は、他の生き物からすれば、無駄がなく調和がとれ神秘的で優雅なものなのだろうか。そして完璧な形を持った私がちょっと笑いかけるだけで、震えるくらい喜ばれるのかもしれない。

そう思うと忘れていたことを思い出すようだ。亀にむける自分の眼差しに、私自身が勇気をもらっている。

君はただいるだけでいい。もしかしたらそうかもしれない。

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