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鉛筆のチカラ 木下晋・吉村芳生 展

木下晋と吉村芳生の二人展。それぞれ主題も関心も異なるが、ともに鉛筆を用いている点では共通している。前半に木下、後半に吉村の作品が立ち並んだ展観は、よく知られた代表作が多かったとはいえ、ひじょうに見応えがあった。

この二人の優れたアーティストについては、すでに十分に論じられているので、新たな論点を提起することは、なかなか難しい。ただ、両者による作品をあわせて見てみると、木下にとっての「他者」と吉村にとっての「自己」が、鉛筆という画材をとおして表裏一体の関係にあるように思われた。

ハンセン病患者で詩人の桜井哲夫や最後の瞽女、小林ハルをみつめる木下の視線は、絶対的な他者を見ているようで、そのなかに自分自身を見出しているように見えるし、尋常ではない執着心によって自分の顔を徹底的に対象化している吉村にしても、描かれた自画像の視線が見ているはずの他者を私たちに想像させている。つまり木下と吉村は、それぞれ自己と他者に焦点を強く当てながらも、自己の中の他者、他者の中の自己を浮き彫りにすることで、結果的に、自己と他者の境界線を溶け合わせているように見えた。両者による鉛筆の線は、どれほど正確に対象を写しとったとしても、自己と他者の曖昧で不確かな質を照らし出すのである。

吉村の作品に《未知なる世界からの視点》という絵画がある。川岸に咲き乱れる黄色い花を色鉛筆で描いた大作だが、吉村はこれをつねに天地を逆にして展示しており、じっさい本展でもそのように展示されていた。川面に映る花々が上に、川岸に咲く花々が下に見えるわけだが、あまりにも精緻に描かれているため、一見しただけでは逆転していることがわからない。ただ今振り返れば、この転倒は、展示上の工夫を超えて、上述したような自己と他者の転倒をも暗示しているように思えてならない。

自己と相対する他者がいる。その他者の先には死者がいる。木下と吉村の作品は、おそらく自己と他者の境界線のみならず、死者と生者のそれをも撹乱しているのではないか。木下の作品に強く立ち込めている祈りの雰囲気は、自己と他者、そしてその先の死者に連なる、長い時間性が感じられるし、前述した吉村の絵画が描いているのは文字どおり此岸と彼岸の狭間とも考えられるからだ。自己を出発点にしながらも、他者や死者にまで到達する魂の往来。木下晋と吉村芳生は、それぞれ別々のやり方で、その境地を目指しているのではなかろうか。

初出:「artscape」2015年3月1日号

鉛筆のチカラ 木下晋・吉村芳生 展
会期:2014年12月6日~2015年2月8日
会場:熊本市現代美術館

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