新規ドキュメント_2018-10-08_03

『風花の落下速度を求めよ(配点10点、制限時間30秒)』

 始まりはいつも突然。そう、何かの歌にもそんな歌詞があったように思います。具体的にどんな歌かは、忘れましたけど。
 それは、ようやく新作の歌詞を書き終え、早希さんに提出した後の朝のことでした。徹夜の目に朝日が眩しく突き刺さります。くぁぁ、と欠伸を一つ。……そろそろ寝ましょう。あんまり遅くまで起きているとミサミサに怒られますし。いや、今は朝だから、たった今起きましたよ的な演技をすれば或いは? って、どーせそんなの見透かされますよね。私のママなんだし。だったら開き直って眠ってしまったほうが花。
 遅寝の朝は黄金の微睡みと共に。ふと思いついた単語を脳内ノートに書き留めながら、早速お布団ダイブ。寒さに身を縮こまらせながら、私は天蓋付きの小さな王国に引きこもりを決め込みます。……あーほんっとに寒いわ。明日辺り雪降るんじゃないかしら。そう言えば長野のほうだともう雪降ったとかアーヤさん言ってたわね。雪かき大変そ……。
 睡眠間際のよしなしごとは、思考の海に沈んでいきます。それはまるで春の訪れ、雪解け水が作った川が、更に雪を溶かすように、私の意識をより深い方にいざなっていくのです。あ、これもうちょっとで眠れるな、と思いました。
 ですが、しかし。

 ――ぴん、ぽーん。

 唐突に耳を打ったのは、ドアベルの音でした。お手伝いさんが来るのは午前9時が常なのですが、枕元の時計で確かめると、今は午前6時49分。こんな時間に来訪者とはこれいかに。残念、卯月神楽は眠り姫です、と再び微睡みに身を委ねようとしましたが。

 ――ぴん、ぽーん。

「…………、」

 ――ぴんぽんぴんぽん、ぴんぽーん。

「……あーもう、うるっさいなぁ……」

 がばりと起き上がり、後ろ頭をかきむしりながら小言を一つ。一応申し分程度に髪を整えながら、ぺたぺたと裸足で廊下を歩き、インターホンに向かって「なんですか?」と低い声で呟きます。一言文句を言って追い返して、今度こそ眠りましょう。そう、思っていました。
「あ、やっとでた。遅い」
 インターホンから聞こえてきたその声は。
「……ちーちー?」
「うん。それ以外の誰だと思う?」
 皇――改め、逢瀬千羽鶴、その人でした。少し安心して、その後、むっとします。
「今何時だと思ってるんですか。迷惑極まりない」と私はちーちーに向かって文句をぶつけました。「というか、一体何のようです? 連絡だったらWAVEでも――」
 と、つらつら文句を重ねながら、私はある違和感に気づいていました。
 モニタ越しに見えるちーちーの格好は、子供は風の子という言葉を体現したかのようないつもの薄手のパーカーではなく、ダウンジャケットとマフラー、おまけにニット帽で着ぶくれしていて、厚手のタイツとムートンブーツで足元までほぼ完全防備状態になっていました。これから登山にでも行くのかといわんばかりの格好です。いや、そんな格好で登山したら山なめんじゃねーぞと上から目線のお方に色々言われそうですが。
「卯月神楽っ」
 と、ちーちーはやや上ずった声で、口を開きました。目も心なしか輝いていて、両手を胸の前で握り込んでいます。私は、少し嫌な予感がしていました。
 しかしながら、まあ。
 私の嫌な予感とは、往々にして当たるものであって。
 それはもはや、どうしようもなく。
「――雪だるま、つくろう!」
 どーん! という効果音付きで、私はちーちーにそんな宣言をされてしまったのでした。
 ……はあ?

  *

「あなた、そんなこと誘うためだけに、わざわざ豊洲まで来たんですか? バカじゃないんです?」
「文句を言いつつ防寒装備でシャベルまで持って外に出てくるのね、雪うさぎ娘」
「半分しかあってませんよ、そのあだ名。センスないですね」
 さく、さく、さく、さく。
 足跡を残しながら、ちーちーと二人並んで、晴天の雪道を歩きます。
 これは後に知る話なのですが、この日の朝、東日本は大雪に見舞われ、太平洋側でもそれなりの量の雪が積もったようでした。まあとはいえ積雪量はたったの5センチ。雪国に暮らすウィンターソルジャーの皆々様の目撃するそれと比べたら月とスッポンレベルの差、雀の涙程度の量なのでしょう。
 しかしながら、おそらく雪が積もっている様を初めて目撃したであろうちーちーにとっては、たった5センチメートルでも新鮮な光景だったようで、彼女はたいそうはしゃいでいらっしゃいました。それはそれはもう、雪の塊をわざと踏みつけるように歩くぐらいには。
 一方、私はといえば、わずかながらの興奮は覚えたものの、まぁ積もる時は積もるよなぁ、と冷静な気持ちで、雪化粧の豊洲を眺めていました。シャベルを持ち出したのは、その、たまたま見つけたからであって。決して、はしゃいでいるわけではありません。ええ、断じて。一ミリもそんな事考えてませんから本当に。
 二人で歩いて約十分。近所の公園にたどり着きました。時刻が時刻だからなのか遊んでいる親子連れもいませんし、寒さが寒さだからなのかゲートボールに興じる御老公の姿もありません。つまり、この雪景色は、私とちーちーで二人占め、なのでした。
「卯月神楽っ、雪っ、雪!」
 ちーちーは私をあだ名で呼ぶのも忘れ、鼻息を荒くしてべしべしと私の肩を叩きます。
「言われなくても見えてますよ。雪ですね」
 私は努めて冷静に答えました。手近な雪の塊にシャベルを突き刺して、「で、どうするんです? まずは何から?」と問いかけます。
「うづきち、結構ノリノリでは」
「べ、別に。そんなこと全くありませんよ」
「ふぅん」ちーちーは訝しげな目で私をじとりと睨め付けてから、「まあいいわ。雪だるまつくりましょう雪だるま。うんとでっかいやつ!」とまるで子供のようにはしゃぎます。それに付き合うのは、まあ、満更でもなかったので、私はちーちーと二人で手分けして雪だるまを作ることにしました。
 ところで、皆々様方におかれましては、雪だるまの作り方を知っているでしょうか。筋金入りのシティーガールである私は、実は人間大の雪だるまを作った経験がありません。小さい雪だるまや雪うさぎ程度ならば作ったことがあるのですが、本格的なものに手を出すのは初めてのことでした。
 西洋だと、雪だるまは三段重ね程度がメジャーだと聞きます。実際、かつてガブちゃんが書いた雪だるまの絵は三段で背が高く、人参の鼻やバケツの帽子、それにカラフルなマフラーや枝の手に手袋までしていたのを、よく覚えています。
 ですがここは日本の東京、豊洲。よって日本式に則って雪だるまを作るのがよいでしょう。つまり二段で、まあ目とか鼻とかは適当に……。今は丸めることだけを考えて……。目標をセンターに入れてスイッチ……。
 …………。
「胴体できた。頭まだ?」
「えっ早っ!?」
 私が独白しながらちみちみ雪玉を丸めている間に、ちーちーは背丈の半分ほどもある大きさの雪玉を作り上げていました。よくもまあ、こんなに集めたものだな、と半分感心半分呆れます。雪だるま式に膨れるってこういうことなのかしら。いや違うか。
 ややあって、私の雪玉も完成しました。二人で協力し、形が崩れないように細心の注意を払いながらそれを持ち上げ、胴体の上にのせます。ややアンバランスではありますが、立派な雪だるまが完成した瞬間でした。
「むふぅ」とちーちーは真っ赤になった鼻から満足げな息を吐き出しました。「お前の名前は雪たろう」と名前まで付けていました。たぶん、今日明日の命なのに。
「腕とか顔とかはいいんですか?」
 と私は忠言します。名前をつけるからには人権を与えるべきでは、と思っての助言でしたが、「いえ」とちーちーは静かに首を振りました。「必要ない」
「それは、なんで」
「めんどうだから」
 なるほどそれは単純明快。千羽鶴人権宣言に雪だるまに関する記載はないようですね。
「疲れたから、少し休みましょ。雪たろうを眺めながら、温かい飲み物でも」
 その提案に従って、私とちーちーは自動販売機で飲み物を各々買ってから、手頃なベンチに座……ろうとしましたが、ベンチはことごとく雪に侵食されていたため、それは断念。雪たろうの近くで立ち往生したまま、二人でコーヒーブレイクと洒落込みます。
 その時、ひときわ冷たい風が吹き抜けました。雪の粒がまるで花びらのように、ふわりと巻き上げられます。風が止むと、絵の具の青と白を混ぜたような空から雪が降り注ぎ――それは途切れることなく、また新しい白を、私たちの間に加えていきました。
「雪。晴れてるのに」
 手のひらでそっと雪を受け止めながら、ちーちーがぼそりと呟きます。
「おおかた、どこかで降ってるのが風で運ばれてきたんでしょう」
「さながら天気雨ならぬ、天気雪ね」
「それ、上手いこと言ったつもりですか?」
「もちろんそのつもりだけど!」
「あのですね、日本語は美しいんですよ? こういう、晴れている時に風によって運ばれてくる雪にも、きちんと名前があります」
「へえ。それはどんな」
「風花です」
「……風花?」
「ええ。晴天を背景に風に運ばれる雪が、まるで花びらのように見えるから、風花。きっとそうなんでしょう」
「……へえ」
「東京じゃめったに見れない現象らしいんですけどね。幸か不幸か偶然か……」
「あるいは、青天の霹靂?」
「雷じゃないですよ」
「……知ってる」
 唇を尖らせて、ちーちーは言いました。私はそれを溜息で受け流し、コーヒーを一口飲みます。わずかに熱を失った苦味が喉を通って胃に落ち、それから息を吐くと、白くなって静寂の中に溶けていきました。
 風によって運ばれる立花はなお一層降りしきり、私とちーちーの肩にちいさな山を作っていきます。
 ちーちーは、空をぼんやりと眺めていました。たまに思い出したかのようにコーヒーを飲んでは、ほう、と白い息を吐き、また空を見上げています。その横顔は、なんだか少し寂しげにも見えました。私は何か声をかけようとしましたが、それは彼女にとっての神聖な時間を邪魔してしまうように思えて気が進まず、結局じっと押し黙っていました。
「ねえ」
 唐突に、ちーちーが口を開きました。「雪が落ちる速さって、どれぐらいなんだろう」
「へ?」私は思わず面食らって、そんな声を漏らしました。「雪が落ちる速さ、ですか?」とオウム返しに繰り返します。
「うん」とちーちーは頷きました。「ずっと眺めていて思ったんだけど、結構遅いなぁ、って。それで具体的な数値が気になって」
「……理系ですねえ」
「どちらかといえば文系なのに」
 何を考えているかと思えばそんなことか、と思いました。てっきり、普段みたいに社会問題やら哲学やら、そんな難しいお題目のことを考えていると思ったのに。正直、拍子抜けです。でも、それがちーちーらしいといえばらしいなぁ、とも思いました。
「では、そんな卯月神楽に問いましょう」
 ちーちーは言いました。至極真面目な顔で、私に向き直って、「風花の落下速度を求めよ。配点十点」
「なんですかそれ、急な」と私は言います。「正解したら何くれるんです?」
「そうね……なにか美味しいものおごってあげる」
「……なんか現実的ぃ」
「ちなみに制限時間三十秒」
 えっ、ちょっ。
「いーち、にーぃ、さーん……」
「もうちょっと早く言ってくださいよっ、そーゆーのっ!」
「じゅーにー、じゅーさん、じゅーよん……。金髪兎、まだー?」
「せ、急かさないでっ! ……えーっとぉ……!」
 私は慌てて思考回路を再結線し、フルスロットルで回し始めます。
 でも、どうやって求めるかさっぱりなんですけど。そもそも制限時間三十秒って短すぎじゃありません? 配点十点って何? いきなりテストってどうなんですそれ? そのへん、いかがお考えですか?
 まぁ、さりとて。ちーちーが身体をゆらゆら揺らしながら、私を急かすように、少しだけ意地悪く、楽しげに数字を数え下げていくのを見るのは、それはそれで満更でもなく。
 朝日に溶けた風花が、風に運ばれて、雪化粧の中に溶け込んでいきます。遠くからは子供のはしゃぐ声が聞こえてきて、暖かさと冷たさの同居した空気にさらなる彩りを加えます。なんでもない日常の、非日常的な冬の朝。
 徹夜のせいですかね?
 こういう時間も悪くないな、なんて思ってしまいました。

 それから、ややあって。
「あっ、秒速5センチメートル!」
 と私はついに答えを出しました。「なんてのどうですか!」
「それは、なんで?」
「花びらが落ちるスピードだから!」
 自信満々に、私は言います。我ながら名回答だと思いました。
 ですが。
「……くだらないわね」
 私が決死の思いで出した回答は、あっさりと一蹴されてしまったのでした。
 うぐぅ。

(了)

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※以下、駄文。

はじめましての方は、はじめまして。そうでない方は、ここで会ったが百年目。「またお前かよ」の方は、いつもご贔屓に。不協和音と申します。読み仮名は確定させていないので、どうぞお好きにお呼びつけください。

この度は拡張少女系トライナリー Advent Calendar 2018(トラカレ2018)に参加させていただき、誠にありがとうございました。
1日めから6日めまで、どれも魅力的な記事や作品ばかりでしたね。12月に入って以来、毎日夜半が楽しみでございます。
そしてそこのあなた! ここを読んでいるということは、拙作をお読みいただいたか、あるいは適当にスクロールバーを動かしたかのどちらかでしょう。
もしお楽しみいただけたのならば幸いです。そのうえで何か感じ入る部分がございましたら感謝感激雨あられでございます。

さて、この駄文でございますが、いままでのトラカレ記事を見るに皆さん結構トライナリー語り(と言っていいのでしょうか)をしていらっしゃったので、「よっしゃ、いっちょやってみっか!(CV野沢雅子)」と思った次第。
興味ない方は本当に興味がないと思うのでブラウザバック推奨。この文言、懐かしく思う人が多いのでは。

まーといっても私とトライナリーの出会いってありふれてるんですよね正直なお話。
元々私はトライナリーのキャラデザ担当のnecoさんのファンでして、そのつながりでございます。
当初は軽率に手を出して、戦闘システムが非常に簡略だったので(褒め言葉)ストーリーを追うのに注力できたわけでございますな。

のめり込むようになったのは、三戸浜で神楽ちゃんが発症しかけたあたりでしょうか。
これ言ったら怒られると思うんですけど、あのときの神楽ちゃんめちゃくちゃ可愛くないですか???? 正直あそこで惚れた節はあります。
色んな感情が頭の中でせめぎ合って、ぐちゃぐちゃになって、つばめちゃんに挑発的な台詞を繰り返していた神楽ちゃん。
とても興奮します。うふっ。

それから総意やEP31、アフターストーリー、その後のちゃんねる神楽、そしてラストストーリー。駆け抜けていったかのような1年8ヶ月間でした。
トライナリーはコンテンツという点で見れば冬コミで一区切りとなってしまいますが、私はもうしばらくココロの旅を続ける予定です。
またお目にかかる機会がございましたら、そのときはどうぞよしなに。

それでは、ありがトライナリー(くそさむギャグ)。
不協和音でした。バァイ。


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