【短編小説】そらをかける
「ねえ、なんでウサギの数え方は『匹』じゃなくて『羽』なのかな?」
対面に座る友人が私にそう尋ねてきた。
「さあ? なんでかしらね」
素っ気なく小声でそう返しながら、私は周囲の様子を窺った。
幸いなことに、期末試験も終わり間もなく夏休みになろうという図書室には他に誰もいない。
そう、期末試験で赤点を取り追試が決定している残念な生徒以外には。
「それより美兎、ちゃんと問題は解けた?」
その私の問いかけに、美兎は苦笑いを浮かべながら「えへへ」と誤魔化す。
そしてすぐに手元で開いている数学の教科書とにらめっこを再開し、右手に握ったシャーペンで白紙のノートと格闘し始めた。
私はそれを確認すると、先ほどまで読んでいた手元の小説へと再び目を落とした。
「ねえ、なんで虹って七色なのかな?」
しばらくして、美兎が私にそう尋ねてくる。
ここに至るまでにも、美兎は私に何度も質問をしている。しかしその内容は、追試となっている数学とは全く関係ないことばかりだった。
曰く、幽霊は本当にいるのか、飛行機はなんで空を飛べるのか、空はなんで青いのか、などだ。
そして美兎の数学のノートは見事に白紙だ。
とはいえ、急かせば美兎は益々勉強しなくなってしまうと私はよく知っている。
「さあ、なんでかしらね?」
私は同じ答えを美兎に返し、再び手元の小説へと目を落とした。
「ねえ、千鶴ちゃん」
美兎が私の名前を呼ぶ。おそらくまた何か質問なのだろう。
読んでいた小説から顔を上げ、私は美兎の方へと視線を向けた。
「なんで千鶴ちゃんは、私の勉強に付き合ってくれるの?」
私は思わず言葉に詰まる。
美兎の目は不安そうに揺れていた。
私が付き添っているにも関わらず勉強に身が入らないことを、美兎なりに申し訳なく思っているのかもしれない。
だが、この質問には私は答えられる。
「一緒に卒業したいからよ」
私は美兎の目を見ながら答えた。
「幼稚園から今までずっと一緒にここまで来たんだよ。いつか私達が離れ離れになるんだとしても、まだ早すぎるもの」
私のその答えを聞いた美兎は、一瞬キョトンとした表情となる。
だがすぐに満面の笑みとともに美兎は言った。
「大丈夫、私たちはいつまでも一緒だよ! 高校を卒業しても就職しても、結婚してもお婆ちゃんになってもずっと一緒なんだから」
美兎はそのことに何の疑いも抱いていないようだ。
私はその美兎の様子に思わず笑みを浮かべた。
「じゃあ、頑張って追試は合格してね」
私のその言葉に美兎は「うん!」と頷くと、再び教科書とノートに向きあう。
だがすぐにその動きがピタリと止まる。
そして美兎は私の方を再び見て口を開いた。
「千鶴ちゃん、ウサギの数え方ってなんで『羽』なんだっけ?」
どうやら先ほど同じ質問をしたことをもう忘れているようだ。
私は笑顔で答える。
「鶴と一緒にどこまでも飛んでいけるからだよ」
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