音楽業界も出版業界も正しいことをやりすぎて、みんなで駄目になってる件

音楽を有料で購入しないどころか、音楽そのものに無関心な「音楽離れ」が進んでいる云々の記事が流れてましたね。

まあ、これもポジショントーク要素とか、他のジャンルとの相対的要素とかあるので鵜呑みにはできないけど、そういう雰囲気はたしかにあります。

くるりの岸田さんが、その件で面白い考察
をしていて、ざっくり言えば「聴かなくてもいいや」と思うような音楽が増えすぎたんじゃなかろうか、と。

               *

一昔前までの音楽は“人間”がつくってたので、一つひとつの楽曲に可塑的な物語が流れていて、もっさりした部分もあるけどなんか響くものがあった。今は、そこがきれいにならされていてフラットすぎるというわけです。

音楽業界では音程を修正する「ピッチ補正」も当たり前になってて、生身の生きた歌声ではなく「こういうのが好まれるであろう正しい歌声」にピッチ補正してミキシングするんですね。

で、結果として「なんか魅力を感じない音楽」でみんなお腹いっぱいに。

「人間がやってる風のことが、世の中に溢れすぎていて、みんな馬鹿になっているだけなのかも知れない」

「味のしないものを食べる時があってもいい。でも、何故か知らないが多くの人が、味のしないものしか食べずに生きている。じゃあ、どうせなら食べなくてもいいや、ってなってしまうのだろう」
                      岸田日記Ⅱ #83


僕は業界が違うので、商品としてのピッチ補正のいい悪いの判断はできないけど、自分たちにも思い当たるふしがあるなと。

なんだろう。出版業界でもピッチ補正的なことをやってる気がするんですよ。たとえば「表記統一」もそうかもしれない。今の出版業界では「は? なに当たり前のこと言ってんの」ですが。

原稿を書いてても、それぞれの版元あるいは編集部毎に表記統一ルールがあって、更新版が送られてくるとこもあるんですよね。

まあ、漢数字表記(三十年)とアラビア数字表記(30年)の混在とか、頻度の高い名詞での漢字の開きとか(心、こころ)なんかは、一応、表記統一されてたほうが気持ち悪くないかなというのはあるのですが。

               *

けど、それをなんでもかんでも適用しすぎ? と思うことも。表記ゆれにはなるけど、あえてゆらしたほうが「リアル」に伝わる表現とかもあるわけです。

かの夏目漱石先生の作品なんかは表記がゆれまくってて、たぶん今の編集基準でレコーディング(原稿を書籍化)したら、校正で真っ赤になるんじゃないですかね。

僕の好きな『それから』の冒頭部分でも

代助は昨夕床の中で慥かにこの花の落ちる音を聞いた(略)動悸は相変らず落ち付いて確に打っていた。

いきなり「慥か(たしか)」と「確(たしか)」で表記が揺れている!

ほかにも

~彼の皮膚には濃(こまや)かな一種の光沢がある
~焼麺麭(やきパン)に牛酪(バタ)を付けていると


みたいに、独特の漢字遣いがたくさん出てきますが、その時代背景も含めて表記のゆれや生々しい漢字遣いが漱石先生の作品世界を構築してるのはたしか。

もし、ぜんぶ表記統一されてたら成立しない世界というのもあるんじゃないでしょうか。逆に言えば、今の音楽や本が「べつに、いいや」ってなるのも、「正しいこと」をやりすぎてフラットになってるからなのかも。


そんなことを考えながら、もうすぐ配本される、とあるシリーズのライティングでも、あえてでこぼこした表記を一部に残したんだけど(校正担当さんからの疑問出しはもちろんありましたが)結果、どう転びますかね。


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村暮らしのライター/エディター Editing and Book Writing/人とことばと土を耕して生きてます。東京⇄信州。noteでは大事じゃないけど大事なことを。何をしてるかより「なぜしてるか」の深い話を聞いて書くひと→ https://fumigura.com/

ものかきのおかしみと哀しみ

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コメント10件

まあ、受け取る側も昔に比べたら処理しないといけないものが
多すぎるんでしょうね。。だから、さらっとマイルドに受け取って
その瞬間だけ盛り上がってすぐに流せる凸凹してないものがよくて。
印象に残るものは、ある種の「消化に時間のかかる」要素が必要なので
つくる側もそれなりに覚悟がいるんです。
牛酪でバタ って、オシャレですねえ。(●´ω`●)

当時は、ものすごくオシャレに感じたでしょうね。

表記の統一は確かに、とても悲しい。20歳と二十歳って、全然違いますよね!
山田スイッチさん>文字表記の役割が「意味」だけでいいのなら、たしかに
統一されたほうがいいかもしれないけど、そうではないんですよね!
「20歳の祈り」だと、なんか現実的な願いな感じがして「二十歳の祈り」だと
ちょっと俗世間を離れた感じがしたり。もちろん個人差ありますが。
音楽についてですが、私は古典音楽雅楽神楽をしてるものですが、普通に洋楽ジャズの愛好者です。日本の今の音楽また小説も同類ですが、需要供給のバランスが取れていない。出す側、歌手・作家ですが誰に何を伝えたいのか不明です。note記事を読んでいると意識過剰と内面露出、その度合いバランスもとれていない。若い、といってしまえばそれまでですが、社会が寛容なんでしょう。逆説的に。
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