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誰にも気づかれず崩れていく

田舎で暮らしていると、都会ではあまり機会のない行事というか、仕事がやってきます。

関係ないけど、田舎では都会では~の比較って書いててだんだん違和感を覚えるようになってきたのだけど、まあほかにわかりやすい書き方もないし、仕方ないよなぁ。

比較文化論の文脈とかでは大丈夫なんだけど。

で、話しを戻します。「道普請(みちぶしん)」という行事というか仕事が田舎にはあるんですね。

なにそれ? という感じの人もいるかも。そのままの意味だと、道路を修繕する仕事。田舎では地域の道路とか側溝、水路、土手なんかの保全、清掃を地域の共同体みんなでするのが「道普請」の、だいたいおおまかなところ。もちろん地域によって形態はさまざまです。

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地区の役員は、道普請の前には関係者で道普請箇所の下見にも。うちの地区には地区で管理している林道もあって、山にいろんな仕事で入るためには重要な道路。

「道路」と字面で見ると、勝手に舗装された道がイメージ変換されるのだけど、このあたりの林道は未舗装、ダートが標準。

なので、こんなふうに大雨で道がえぐられるというか、削り取られていく箇所も見つけて、応急対策を考えたり。

去年もここに来ている先輩によると、ここまでひどくはなってなかったとか。

なんとなく、年々、こういう箇所が増えている印象があります。治山とか土木の専門家でもないのでわからないけど、人が山に入る回数が減っているのと同期してるのはたしか。

この辺りでも40年とか50年前は、柴刈りや山菜取り、キノコ採りに当たり前のように山に人が入ってた話を聞くと余計に。

僕だって、たまたまこうやって山に入らせてもらう機会があるから、こんなに身近なところに「生活のための山」があるんだって感じるけれど、そうでもなければ、山を感じることもなかったんだろうな。

誰にも気づかれずに崩れていく世界。せめて、そこに五感を澄ませる時間は持っていたい。