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最高にねむかったあのとき

あんまりこういう話を武勇伝のようにしちゃいけないんだけど。

自分で振り返って、あれはさすがにミッション・インポッシブルだったなあ、と戦慄せずにはいれない仕事が、いくつかあります。いちばん危なかったのは10年近く前の、忘れもしない12月。

どういう因果でそんな修羅場を迎えたのか、すっかり忘れてしまいましたが、1か月で4冊の本を書かなきゃいけなくなったときのことです。

まず、A社、B社、C社、D社のそれぞれに、どうにか締切を分散してもらって、毎週月曜日に1冊ずつ上げていく体勢を整えます。1週目にA社、2週目にはB社、という感じで。

それで3週目の月曜日、つまりは3冊目の締切がやってきたお昼ごろ。電話がリンリン鳴るわけですよ、C社の編集者さんから。終わってないわけですよ、当然ながら。というか、なんならB社の原稿さえも終わってないし、C社のやつなんて、1文字も書いてないわけですよ。


編集「おつかれさまですー。古賀さん、どんな感じっすか?」
古賀「え、え、鋭意進行中です」
編集「おお、よかった。何時ごろ上がります?」
古賀「……逆に、マジのギリっていつですか?」
編集「はっ?」
古賀「サバなしの、マジのギリ」
編集「そんなの、今日ですよ」
古賀「いや、それはそうなんすけど、マジのギリ」
編集「……冗談抜きで、ギリまでねばって明日っす」
古賀「マジ?」
編集「マジ。ほんとは締切、先週ですから」
古賀「じゃ、じゃあ……明日中に」


当たり前の話ですが、この時点で完徹明けです。電話しながら意識が飛びそうになるくらい、ぼろぼろです。そんな状態で、しかもまだ1文字たりとも書いていない10万字の原稿を、明日中で書けるのか? まあ、そんな状態だったからこそ、書けると言っちゃったんでしょう。

ポイントは、かろうじて口走った「明日中」の「じゅう」をどう解釈するか、です。ぼくの解釈だと、明日中ってのは「明後日になる1秒前」までのことを指すはずで、つまりタイムリミットは「残り47時間59分59秒」であるはず。

書きましたよ、ぼくは。しかも締切を大幅に前倒しする、44時間で。


途中、ディスプレイが紫色に点滅する幻覚がはじまって、キーボードに手を置いたまま(おそらく)数分間の居眠りをして、ぬりかべに追いかけられる夢を見て、目を覚ましてディスプレイを見たら、居眠り中に「ぬりかべ」とタイピングしていて。

もうああいう働き方はできないし、しちゃいけないし、若い方々にもぜったいおすすめしないんだけど、とりあえずライターの「鋭意進行中」と「明日中」「今週中」「今月中」の「じゅう」にはご用心ですよ、編集者のみなさま。