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ページをめくると、そこにいる。

「いい本には、つくり手たちの『時間』が込められている」

そう教えてくれたのは、糸井重里さんだった。役に立つ情報だとか、目からウロコの新発見だとか、おもしろい表現だとか、そんなこと以前につくり手たちの込めた時間——その濃さや長さ——が、読者をたのしませてくれる。「あの本、そういう『時間』がたっぷり感じられましたよ」。何年も前にぼくら(柿内芳文さん、加藤貞顕さん、ぼく)がつくった本について、糸井さんはそんなふうに労をねぎらってくれた。


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数日前からゆっくりと一文字ずつ、一冊の本を読んでいた。


自分の担当した本を読み返すとき、ぼくはいつも文章表現の細部が気にかかり、うまく読書することができない。それでも今回、するすると読むことができた。印刷された文字を読んでいたからではなく、そこに込められた「時間」を読んでいたからだ。



『ミライの授業』というプロジェクト——それはほんとうにプロジェクトと呼ぶにふさわしい取り組みだった——がはじまるにあたって、瀧本さんは一冊の本を手渡してくれた。『人類の知的遺産 ベーコン』(坂本賢三著)という古い本だ。



〝Knowledge is Power. 

 すなわち、「知は力なり」〟


フランシス・ベーコンの残したこのことばが、今回の特別授業プロジェクトを貫くキーメッセージになる。だから古賀さん、次回までの宿題としてこの本を読んでおいてください。瀧本さんはそう言って、この本を手渡してくれたのだった。いま思えば、これも瀧本さん一流の「交渉術」だったのかもしれない。

『ミライの授業』のページをめくっていくと、たくさんの「時間」が蘇ってくる。厳しい要求をいくつも突きつけられた。ゲラチェックにあたっては、伝説の鬼編集者・加藤晴之さんと3人で講談社の会議室にこもり、1ページずつ入念に確認と議論を重ねっていった。朝から晩まで、初校・再校・念校のすべてで毎回、気の遠くなるような議論を重ねていった。こんな人がいるのかと、会うたびに驚かされた。



通夜・葬儀では、誰もが瀧本さんの厳しさと優しさを語り合っていた。瀧本さんの優しさを示すエピソードは、近しい友人ならいくつでも知っていると思う。ただし、「ほんとうは優しい瀧本さん」として語られることを、ご本人はよしとしないような気がする。やはり瀧本さんには、「知は力なり」のひと言がいちばんよく似合う。


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作家の訃報に接すると、しばしば「たとえ故人となっても、その思想は本として残っていく」といった話を耳にする。ぼくは、それがどこまでほんとうのことなのか、よくわからない。本のことを買いかぶりすぎている気もするし、たとえば瀧本さんの場合、本よりも(瀧本ゼミその他の)教え子たちのほうがずっとおおきな遺産のように思えてしまう。

それでも瀧本さんの著作を順に読んでいくと、瀧本さんが「どこに向かおうとしていたのか」は、きっと伝わるのではないかと思う。それがどんなに遠く、遙かなミライだったのかも。


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ぼく自身、たくさんの相談に乗っていただきました。

思えば、いま書き進めている本(ライターの教科書)も、瀧本さんからいただいたアドバイスの延長線上に浮かんできたプランです。「瀧本さんの意志を継いでいく」なんて、ぼくにはとても言えません。ただし、この本だけはかならず完成させたいと思っています。

ほんとうにありがとうございました。

そして、心からのご冥福をお祈りいたします。