バッカスの思い出。

小学生のとき、雑種犬を飼っていた。

譲渡会でゆずり受けるとき、「おかあさんは柴犬だよ」と聞かされた。正式なことばでいうトライカラー、当時の認識では三毛猫みたいな模様の、柴犬よりもずいぶん大きい犬に育った。

その犬の名は、バッカスという。映画「ロッキー」でシルベスター・スタローンが飼っていた大型犬から拝借した名前だった。ひとの顔を見れば大きな尻尾をぶんぶん振り、家族が車で帰ってくるとかなり遠くからでもそのエンジン音を聞き分け、わんわん鳴いた。

バッカスは、庭先に鎖でつながれていた。ドッグフードを食べたことはなく、家族の食べ残したものばかりを食べていた。魚の骨はバッカスにとって、大のごちそうだった。

中学に上がって部活をはじめると、バッカスを散歩につれていける時間も少なくなった。あれほどあこがれて、あれほど頼み込んで飼った犬だったのに、散歩に行きたいと吠えるバッカスを、うとましく感じる日も増えてきた。

デジカメもスマホもなかった時代でもあり、フィルムが貴重品だった時代でもあり、バッカスの写真はほとんど残っていない。「仔犬のときの写真を撮っておけばよかったね」とはよく言っていたものの、いまのバッカスを撮ろう、という話にはならなかった。

散歩を休んだり、ごはんを抜いたり、いじわるをした覚えはまったくない。


けれどもバッカスは、幸せだったのだろうか。

ときどき思い出して、胸の奥がきゅーっとなる。

大きく揺れる尻尾の残像だけが、いまもこころに焼きついている。

壁に耳ありジョージとメアリー。
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古賀史健

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