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「翻訳しえぬもの」を教えてくれたひと。

詩とはなにか。

そのもっともわかりやすいもののひとつに、「翻訳しえぬもの」という定義がある。なるほどたしかに一文字の無駄もなく、極限まで削り落とされた詩ということばの連なりは、直訳すればリズムが損なわれ、意訳が過ぎれば余白を失う、まさしく「翻訳しえぬもの」なのだろう。

ある時期ぼくは、ボブ・ディランというひとの詩を母国語として理解できない自分について、コンプレックスとまでは言わないまでも、猛烈な後ろめたさを感じていた。たしかにディランは大好きだ。けれども欧米人はみな、その詩がすばらしいと言う。「翻訳しえぬもの」のすばらしさを、こぞって語り合う。たぶんぼくの「ディランが好き」は、欧米人の「ディランが好き」とは、全然種類が違うものなのだろう。そんなふうに思っていた。

そうした煩悶を解消してくれたのは、2枚のライブアルバムだった。

ひとつは1966年のロイヤル・アルバート・ホール公演。

そしてもうひとつは1975年のローリング・サンダー・レヴュー。

偶然なのか音楽(あるいはボブ・ディラン)がそういうものなのか、両方ともライブ盤だ。

聴きながら歌詞カードに目を落とす。英語の歌詞と日本語訳を眺めながら、耳をゆだねる。そうすると、なんていうんだろう。「翻訳しえぬもの」だったはずのなにかが、聞こえてくる。声があり、メロディがあり、リズムがあり、伴奏があり、観客の声やノイズまでが入り込んでくるなかに、音としての詩が立ち現れてくる。

そういうふうにして詩を聴くことができたシンガーは、いまのところぼくにはボブ・ディランだけだ。


むかしから、スノッブな人びとのあいだでは「あいつを選ぶくらいだったら、ノーベル文学賞をボブ・ディランに贈るべきだね」みたいなことは、半分ジョークのようにしてよく言われていた。

ぼくに詩人としての彼の価値は、たぶん一生わからないだろう。

でも、「翻訳しえぬもの」を身体に教えてくれた詩人として、ぼくという非英語圏の人間は、彼のことをずっと記憶し続けるし、彼のレコードを聴き続けるだろう。


なんだかいい機会なので、ボブ・ディランという不思議なひとについて、ぼくがずっと思ってきたことを書いてみました。